市場のトレンド変化にも、大きな波、小さな波がありますが、日本人のレジャー離れは間違いなく大きな波の部類に入るはずです。全国調査等をもとにわが国における余暇活動の実態を取りまとめている「レジャー白書2018」(公益財団法人日本生産性本部)を見ると、この7年間(2011年から2017年)でほとんどのレジャー参加率が下がっている状況が見て取れます(例:ボウリング16.5%→8.9%、釣り9.1%→6.4%、スキー6.2%→4.0%)。ボウリングに至っては半減しています。
原因は疑いの余地なく、時間もお金もスマートフォンにシフトしてしまったことでしょう。やれやれ、これではレジャー産業に従事する多くの方々は本当に大変です。しかも、人口のうち特に若年人口の減少はこれからも続くわけですから、ターゲット人口縮小の影響が大きくなることはあっても小さくなることはないと思われます。
根強い「ウオーキング」「ジョギング」人気
そんな全般としては厳しい状況ですが、「ジョギング、マラソン」(25.3%→20.0%)「ウオーキング」(36.9%→29.6%)の根強さはその中ではかなり健闘しているほうだと言えます。参加率は減少しているものの、レジャー参加者数ランキングでは、不動の上位グループを形成しています。このレジャー総退潮の時代においては、大健闘といえるのではないでしょうか?
理由はいくつかあろうかと思います。そもそもの健康志向という大きなトレンドを背景に、一人でいつでも始められ道具もいらない手軽さや、スマートフォンで音楽を聴きながら(YouTubeを観ながらという猛者もいます)歩け走れるというスマホとの相性の良さ。アプリを探せば、走行距離やペース、心拍数などの測定や管理・記録など、さらに「ウオーキング」「ジョギング」を充実させてくれるアイデアもたくさん見つかります。何より、参加費がかからないことも大きいですよね。
先の読めない時代、特に会社での競争環境変化に日々対応を迫られるビジネスマンにとっては、リフレッシュしたい、体を健康に保ちたい、フィットしたいというモチベーションが高いのではないでしょうか? 実際に皇居ランナーを筆頭に、仕事を終えたあとに一汗かくランナーは大変多く、サークル活動的にグループでのランナーも多く見かけます。そして、ランナーが多いエリアには、今や「ランナーズステーション」と呼ばれる荷物を置いたりシャワーを浴びたりできる施設も整備されています。
「暗闇(よる)に照らされよう。」
そんな仕事帰りのジョギングムーブメントにピタリと照準を合わせたのが、「アディダスナイトジョガー」です。なんといっても特徴は「夜光る」こと。アディダスの3本線はもちろん、デザインの随所に上手くリフレクターを取り入れ、ピカピカと光を反射し目立ちます。
コンセプトも「暗闇(よる)に照らされよう。」というキャッチ-なもの。夜のジョギング時に自転車や自動車の光を反射して安全を保つということもさることながら、純粋にカッコイイ、自分の気分も上がるというファッション目線での提案性の比重が大きいかもしれません。発売時のプロモーションもサウンドクリエイターを起用してオリジナルのライブストリーミング配信や音楽イベントなど、もっぱらファッショナブルなものでした。ファーストモデルは即完売だったとのことです。
「スポーツ」「ファッション」の同軸で戦う
それにしても、アディダスやナイキ、プーマ、アンダーアーマー、ニューバランスなどスポーツブランドのマーケティングというのは独特だなといつも感じています。つまり、どのブランドも「機能」と「ファッション性」という同じ2軸で戦っていて、独自のポジショニングで勝負するブランドをほとんど見かけないのです。
第1軸は必ず機能(パフォーマンス)軸です。トップアスリートを契約選手として抱え、サポートし、自社製品の性能を保証していますし、最近はハイテク素材を活用するなど一般向けの製品も年々ハイパフォーマンス化しています。そして、第2軸目ではどのブランドも必ずファッション要素を訴求していることです。今時、昔の体操服のようなデザインのスポーツブランドはどこにも存在しません。どのブランドも、ひと昔前ならプラダスポーツなどハイファッションブランドのスポーツラインと言ってもおかしくないほどのデザイン品質を今や実現しています。
ブランドごとの個性があるとすれば、そのファッション性の世界観に個性が少しずつあるところでしょうか。中でもアディダスは、DJやラッパーに愛用されていることからも、ナイトシーンやクラブムーブメントを意識したトレンドセットに強みがありそうです。最近では、トレンドを反映させたファッションライン「アディダスオリジナルス」で、日本のポップアーティスト田名網敬一とコラボし、なんとブランドのロゴマーク自体を遊んでしまうというとてもファンキーな展開をしており、アディダスらしいところです。
エンゲージメントの構築こそ正攻法
ポジショニングでの差別化合戦をしなくとも多くのメーカーが共存できるのは、「スポーツ」という広いコンセプト、マーケットをおさえている強みではないでしょうか。アディダスもプーマもナイキも、我々が子供の頃からあったのです。
多くのアパレルブランドにとって、何十年もの年月を無事生き延びることは難しいことです。しかしながら、「スポーツ」はなんだかんだとすたれない。「ジョギング」や「ウオーキング」が根強く人気があるように、今後も生活者がスポーツをやめる日はこないでしょう。むしろ、スポーツブランドにとっては、子供や学生のクラブ活動時代からブランドへのエンゲージメント(深い関係性の構築)を築くことこそが長期戦略であり正攻法と言えるに違いありません。
アディダスナイトジョガーもまさに昔からのファンに訴求する復刻商品です。オリジナルは1979年に発売されています(アディダス初のリフレクター搭載シューズ「ナイトジョガーOG」)。そう考えると、「スポーツ」を出発点に「ファッション」へのフィールドを、長い時間軸の中で着々と拡げるスポーツブランドの強さ、しぶとさをアディダスナイトジョガーが体現しているようにも見えてくるのではないでしょうか。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら