ブランドウォッチング

「マルちゃん 赤いたぬき天うどん」 定番ブランドの領土死守する一手

秋月涼佑
秋月涼佑

 皆さんは、大手コンビニチェーンの本部バイヤーフロアに行ったことがあるでしょうか。最大手のセブン-イレブン・ジャパンともなれば、全国での店舗数2万店以上。もちろん、その販売力は絶大です。たとえ地方の中堅企業でも一度大手コンビニチェーンに商品が採用されれば、一挙に全国流通で天下に名乗りを挙げられるのです。そんな「ワンチャン」を狙って、全国から気合の商品提案を携えたメーカーが、ほとばしる熱気を放ちながら日々列をなしています。

 大手コンビニのバイヤーフロアでは日々「関ケ原」

 もちろんコンビニと販売量を二分するスーパーマーケットでの競争もそれはそれで大変なことに変わりはないのですが、商品棚の絶対量も違うため、やはりコンビニの狭い棚の取り合いはまさに関ヶ原の戦いさながら。加えて、コンビニバイヤーの要求水準は極めて高く、メーカーは何かしらの新しさ、提案性、できれば専売提案(他のコンビニチェーンで展開されない商品)を常に期待されます。

 そう、今や昭和のナショナルブランドが享受していた「定番」という美名はもはや当たり前には成立しがたいのです。何年経っても全国どこに行っても、清涼飲料の棚には「コカ・コーラ」、コーヒーの棚には「ネスカフェ」、お菓子コーナーに行けば「かっぱえびせん」が当然のように置いてあるという時代は“石器時代”ぐらい昔の話。もしバイヤーとの交渉が決裂すれば、バイヤーは喜んで他メーカーにその棚を埋める提案機会を与えるでしょうし、ひょっとするとPB(プライベートブランド)投入の良い機会と考えるかもしれないのです。

 チャレンジャーにはチャンス、守るには厳しい環境

 考えてみると、この環境はチャレンジャーにとっては一旗揚げられるかもしれないというありがたいものですが、「定番」を守る側からするとかなり厳しい戦いです。各社、定番商品でありながらも「新鮮さ」を演出する、新フレーバーや季節・ご当地限定などのあの手この手で必死です。

 逆説的には、このあの手この手があってはじめて「定番ブランド」一族の命脈を守っている状況なのです。実際に今回紹介する東洋水産「マルちゃん 赤いきつねと緑のたぬき」シリーズと真っ向競合する日清食品「どん兵衛」シリーズは、現在「レモン仕立ての塩豚ねぎうどん」や「釜たま風うどん」、「汁なしピリ辛肉みそうどん」など、これでもかの新商品攻勢で勝負しています。

 バイヤーとメーカー、職業観を賭した信念の戦い

 コンビニ本部の視点で見れば、非常に短いサイクルで商品を入れ替え、売り場を常にフレッシュな状態に保つ手法が生活者から支持され、コンビニの隆盛を支えてきたわけです。熱き信念に支えられたバイイング戦略です。

 一方のナショナルブランド側にしてみれば、自社の看板商品には万全の自信があるわけですから、できれば一番おススメの長年にわたって磨き抜かれた「定番」メニューこそを愛して欲しいという思いが強くあります。まして、新フレーバー一つ出すだけでも、そのための原料仕入れ、製造工程、パッケージデザイン・印刷等々大きな投資が必要なわけですから事情は切実です。実際に、かつての定番商品の中には、バイヤーがメーカーに浴びせる“千本ノック”で自らの本質を見失い、疲弊してしまった例も少なからず見受けられます。例えば東日本で販売を取りやめた明治「カール」なども、いろいろな事情はあったに違いないですが、この厳しい環境が影響したように思います。

 そう、今回新発売となった「マルちゃん 赤いたぬき天うどん」には、そんな「新鮮さ」を求めるコンビニバイヤーと自ブランドの「アイデンティティーを守りたい」メーカーとの熱き意地と意地とのぶつかり合いが生んだ、コペルニクス的なソリューションを感じるのです。

 ブランドのアイデンティティー守りながら新鮮さ演出

 あらためて「赤いたぬき」のパッケージを見ますと、“きつね”→“たぬき”など若干の変更はあるものの見事なまでに「赤いきつね」です。要はデザインスキームが見事なまでに従来品通りなのです。また、「赤いきつね」の味わいを担保しつつ「緑のたぬき」のシンボル的具材である小えび天ぷら(=たぬき)を加える。もちろんこれは手抜きなどではありません。ファンから愛されているブランドへの信頼を裏切らずに、新しい体験を提供するためのこだわりなのです。

 食べてみると、やはり商品としての完成度は非常に高く、私の小学生の娘でさえ、「そうそう、私はもともとこの組み合わせがベストだと思ってたのよねー」と大騒ぎしていました。まさに定番性を崩さずに、新鮮さを出すという離れ業をやってのけているのです。

 「緑のたぬき」と「赤いきつね」のどちらが好きか投票をさせてから、勝利記念としての新発売という巻き込み型のプロモーション手法も教科書にしたいような分かりやすさと鮮やかさでした。

 販売も好調なようですし、まずは惜しみない拍手をさせていただきたいと思います。余計な心配をすれば、同じ手法が新手として二度は使えないことかもしれませんが、これはあまりに開発担当者の次の苦労を知り過ぎている私の職業病だと思います。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら