【論風】米中が争う技術覇権 研究者養成の強化で対抗を

 
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 太平洋戦争終結後のわが国は、連合国軍総司令部(GHQ)の日本国固有の教育、文化、社会のすべての制度、慣習を壊滅させんとする政策により荒れ果てて、日教組主導による教育現場は混乱し、それに連動したかのような文部省(現文科省)の国の将来を見通せない諸施策(ゆとり教育など)が、次世代を担う青少年の学力向上を阻害してきたといっても過言ではない。(マサチューセッツ工科大学客員教授・庄子幹雄)

 そして、それは残念ながらノーベル賞受賞者が憂える「今後わが国から物理学、化学、生理学、医学などの科学技術部門で受賞者は生まれないのではなかろうか」という危惧に通じる。

 悲観論にはくみせず

 しかし筆者は、この悲観論にくみしない。日本国民の2002年以降のノーベル賞のこれらの部門の14人もの受賞者数(戦後では21人)は米国、英国、ドイツなどの西欧は除くとして、アジアではナンバーワンであり、現在国策として教育の高度化に取り組む中国や受賞者ゼロの韓国とは比ぶべくもない。

 いつの頃からか、わが国には悲観論を正当化するような風潮がはびこり始め、憂うべきはアカデミアの分野で研究に専念する科学者、技術者の中にもそれが漂い始めたことである。

 そして今、極めつきはIT、人工知能(AI)などにおける米中による技術覇権の世界二分論である。なるほど「GAFA」(グーグル、アマゾン・コム、フェイスブック、アップル)を見ても2国内で展開する固有のシステムをみても、その数量、スケールでは完全に他国を凌駕(りょうが)していることは認めざるを得ない。わが国の第5世代(5G)移動通信システム整備の立ち遅れをみても、それは事実であろう。

 IT標準化担うのは日本

 しかし、昭和、平成期最高の数理工学者であった恩師、故・森口繁一東大名誉教授は「短期的には命令一下で突き進む国や財力を有する国が先んじても、将来必ずや世界中のブレーン・コンペティションを制する数学立国日本こそが、地球上で最初の幸せ社会を築くIT標準化ができる資格のある国である」と予言されていたことを想い起こす。

 同名誉教授は、やがて世に出るスーパーコンピューターの計算回路設計に指針を与えると同時に、1962年には数値解析計算に取り組む研究者、技術者に使い勝手の良いコンピューターソフトウエア言語「ALGOLIP」を創作してくれたのである。それまでマシーンランゲージ(機械言語)でコンピューターを使っていた筆者らに未知なる解析分野への取り組みを促し、加速させてくれたのである。

 なるほど、GAFAは確かに他を圧しているが、わが国においても設立時期、スケールでは後塵(こうじん)を拝するものの、それらに比肩する技術を有するベンチャー企業はあまた出現しているのである。惜しむらくは、それらを支援する手立てがこれまであまりにも貧弱であったことが、2国に遅れる事態を招いているだけのことである。

 バブル期の後、わが国は科学技術力を高め、世界第2位の国内総生産(GDP)の座を維持すべく、慎重に議論を重ね95年には「科学技術基本法」を施行し、産官学一体となって科学技術立国を目指したはずであるが、短期的な利益に直結する技術開発への予算配分は、そのままとして肝心の長期的な研究者・技術者の養成には、大蔵省(現財務省)の狭隘(きょうあい)な思惑で削減されてきているのである。

 このままでは近い将来、個人、企業、国家、そして科学技術開発のセキュリティーは巨大IT企業が左右するのではないかとさえ思われ、そのプラットフォーマーがサイバー攻撃の標的にされたならと、それらのセキュリティーの脆弱(ぜいじゃく)さを知るだけに、安全性には正直、疑問を抱かざるを得ない。

 ぜひともわが国の将来を決する基盤的研究費の拡大、そして世界最高レベルのIT研究者・技術者の養成にご賛同頂ければ幸甚である。

【プロフィル】庄子幹雄

 しょうじ・みきお 1961年鹿島入社、副社長などを歴任し2005年退任。元日本計算工学会会長。NPO法人「環境立国」理事長。東大、名工大、慶応大、法政大で客員教授、講師を務める。1996年から米ユタ大学名誉教授。2006年から現職。オリックス顧問。京都大学工学博士。83歳。宮城県出身。