【埼玉発 輝く】笛木醤油 土地の要素大事にした新商品続々

 
麹をかき混ぜる笛木醤油の笛木正司代表=3月15日、埼玉県川島町

 のどかな田園風景を進むと、突然、風情ある蔵が視界に入る。埼玉県川島町に本社を構えるしょうゆ製造・販売業「笛木醤油(しょうゆ)」。この地で1789(寛政元)年に創業し、230年の伝統を誇る老舗だ。

 おけにこだわり

 笛木醤油12代目の笛木正司氏(38)は一昨年に社長に就任して以来、新商品を続々と考案している。2月から本社の直売所などで売り始めた生じょうゆ「木桶初しぼり」は、市場では一般に流通していない埼玉県小川町産の青山在来大豆を用い、わずか1カ月で800本を売り上げた。3月には川越産の大豆と小麦を用いた「川越しぼり」の販売を予定している。

 これらの商品に共通しているのは「テロワール」という思想だ。テロワールとは、その土地の土壌、風土、気候が食品の味を左右するという考え方だ。関東では濃口、関西では薄口が好まれるように、しょうゆの味わいも地元の郷土料理に合わせてきた。そんな経緯を持つしょうゆ造りだからこそ、「その土地が持つ要素を大事にしたい」と笛木社長は語る。

 笛木社長のこだわりは素材だけでなく、しょうゆを仕込むおけにも反映されている。笛木醤油では、多くの蔵で採用されているステンレス製のおけではなく、あえて昔ながらの木おけを使用している。木おけはステンレス製のおけに比べ、発酵時間が倍近くかかるが、その手間を惜しまないからこそ「本物のしょうゆの味を引き出せる」(笛木社長)という。

 しょうゆ造りを語らせれば止まらない笛木社長だが、実は「若い頃は家業を引き継ごうと思っていなかった」と振り返る。小学生時代、自宅に遊びに来た友人の「なんかお前んち、しょうゆ臭いな」という一言が胸に突き刺さり、一時は他の道を志そうと思ったこともあるという。

 それでも、しょうゆ造りの道を選んだのは、米国留学中に現地の友人から届いた1通のメールがきっかけだった。その内容は、友人が地元スーパーで笛木醤油のしょうゆを見つけたというもので「日本の伝統的なしょうゆを守ることが、お前のミッションじゃないか」という言葉が最後につづられていた。このメールが自身のルーツを再認識させ、しょうゆに向き合うきっかけになったという。

 大手と差別化

 こうして引き継いだ家業だったが、厳しい現実が待ち構えていた。しょうゆの消費量は年々減少しており、大手メーカーとの熾烈(しれつ)な価格競争に巻き込まれ、廃業に追い込まれた同業他社は少なくない。こうした現状に対し、笛木社長は「大手と差別化を図り、消費者にもっと向き合わなければいけない」という危機感を抱いたという。実際、笛木醤油では伝統的な製造手法にこだわる一方、最近の消費者の健康志向に合わせて、「糖質50パーセントカット」や「減塩」といったヘルシー商品も他社に先駆けて販売している。

 数々のアイデアの中でも、笛木社長が現在、最も力を入れているのが、今年11月にオープンする予定の体験型複合施設「醤油パーク」だ。パークは、工場見学やしょうゆを用いた料理を味わえるレストランなどを展開するつもりだ。しょうゆの魅力を幅広い世代に再発見してもらうと同時に、社員には消費者と直接触れ合うことでしょうゆ造りに生かせる何かに気付いてほしいという願いを込めている。

 230年の歴史で築かれた伝統を100年先にも伝えるため、笛木醤油はさらなる進化を目指す。笛木社長の挑戦はまだまだ続く。(竹之内秀介)

【会社概要】笛木醤油

 ▽本社=埼玉県川島町上伊草660 (049・297・0041)

 ▽創業=1789年

 ▽資本金=2000万円

 ▽従業員=54人

 ▽事業内容=しょうゆのほか、自然食品や食品調味料などの製造・販売