【高論卓説】外国人との共生社会づくり 人材育成へ日本語教育の充実不可欠
通常国会が開かれている。昨年の臨時国会では、出入国管理法改正による新たな外国人受け入れが争点となり、与野党の対立が激化した。法案審議の過程で失踪した技能実習生関連調査の集計ミスもあって紛糾したが、新たに基幹統計調査の不正が明るみに出て、通常国会で政府は防戦を強いられている。
今年は、統一地方選挙と参議院議員選挙が同時に行われる12年に一度の年。野党からすれば、統計調査の不正を材料に一気に攻め込みたいところだろうが、改正入管法施行まで40日ほどとなった今、新年度予算案に盛り込まれた関連施策の実効性を踏み込んで問いただしてほしいものだ。
今回の改正の陰に隠れて、今から11年前、2008年に政府が策定した「留学生30万人計画」がほぼ達成されたことは、あまり話題になっていない。この計画は、日本を世界に開かれた国とし、主にアジアから若い人材を受け入れようと進められたものだ。目標年は20年で、その2年前の昨年5月の時点で29万8980人となった。
留学生の内訳をみると、大学などの高等教育機関で20万9000人、日本語教育機関で9万人だが、いずれも日本語運用能力は、労働者として働く日系人や技能実習生よりはるかに高く、能力評価も行われている。人手不足で時給が上昇している外食店やコンビニなどで流暢(りゅうちょう)な日本語を駆使してアルバイトをこなし、学費の捻出ばかりか家族への仕送りまでしている者もいる。
まさに人手不足業界の救世主となっているわけだが、その一方で留学生に日本語を教える優秀な日本人教師は引く手あまた、奪い合いすら起きている。そのことも、あまり知られていないのではないか。
政府は、特定技能という新在留資格を含め、今後5年間で34万5000人の外国人労働者が日本に入国、在留するという試算を公表している。しかし、日本語を教えることのできる人材が不足するままでは、30万人を超える外国人に、適切かつ十分な日本語教育がなされるとは、到底、期待できない。外国人を受け入れる企業は、安い労働力として彼らを受け入れ、日本語教育を含めコストを極力かけたくはない。かつて日系人を受け入れた企業がそうだった。
昨年12月25日に政府が決めた「総合的対応策」にも、日本語教育の充実は盛り込まれている。しかし、いまだに誰が外国人労働者の日本語運用能力向上に責任を持つのかが見えてこない。既に「計画」が達成された留学生は、在学中も卒業後も日本で就職をする働き手、担い手である。だとすれば、留学生への日本語教育を基にして、入国、在留する全ての外国人に対する日本語教育の理想の形を考えてみても良いのではないか。
現在、超党派でつくられた日本語教育推進議員連盟が「日本語教育の推進に関する法律案」を議員立法により今国会に上程するという動きがある。日本語教育の主体は、自治体、国際交流協会、大学、日本語学校、企業、NPO(民間非営利団体)など多様であってよいと思うが、国の責任により施策が進められ必要な予算が確保されることが大前提である。
日本語を教える人材の育成、確保を含めた総合的な枠組みが確立されない限り、外国人を受け入れる地域は、外国人との共生社会づくりに踏み出すことはできない。全ての外国人が日本語でコミュニケーションを取れる状況をつくり出すことこそ、地域の国際化や活性化にとって何よりも必要なのである。
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【プロフィル】井上洋
いのうえ・ひろし ダイバーシティ研究所参与。早大卒。1980年経団連事務局入局。産業政策、都市・地域政策などを専門とし、2003年公表の「奥田ビジョン」の取りまとめを担当。産業第一本部長、社会広報本部長、教育・スポーツ推進本部長などを歴任。17年に退職。東京都出身。
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