【論風】水素社会への展望 日本主導で液化・発電実用化を

 
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 □元経済産業事務次官・北畑隆生

 地球環境問題とエネルギー制約を同時に解決する次世代のエネルギーとして水素への期待が高まっている。

 今年1月、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが原油から水素を取り出し、二酸化炭素回収貯留(CCS)装置で二酸化炭素(CO2)を除去し、将来CO2フリーの水素を輸出すると発表した。

 サウジの膨大な財政を賄う財源は石油収入であるが、財政赤字が続く。石油販売以外にも事業を多角化して収入増を図り、地球環境問題にも取り組む姿勢をアピールしている。

 豪州では、未利用の褐炭から水素を大量製造し、液化して日本に輸出することを研究中である。

 EVの効果には限界

 需要サイドはどうか。日本のエネルギー消費の23%は、運輸部門である。水素を使って走る燃料電池自動車(FCV)に期待がかかるが、政府の普及台数目標は、2020年度までに4万台、30年度までに80万台程度である。燃料を供給する水素ステーションの整備が進まないことがハードルになっている。

 クリーンエネルギー自動車の本命は、FCVよりも電気自動車(EV)だろうか。英、仏では、40年までに温室効果ガスを排出する自動車の販売を禁止する方針を公表し、EVの20年度累計目標をそれぞれ150万台、200万台とした。

 30年までに、インドは全ての販売自動車をEVに、中国は新車販売の40~50%をEVにすると発表した。野心的な目標ではあるが、世界の自動車の保有台数は10億台を超え、年間販売台数は1億台と膨大であるので、仮に目標が達成されたとしてもEVだけでは自動車の地球環境問題は解決しない。

 中国、インドでは、電源の大部分が石炭火力発電なので、都市部の大気汚染対策としてはともかく、地球温暖化対策としては矛盾している。

 EVには、蓄電池の性能、充電時間、価格に課題がある。馬力を必要とするバス、トラックや長距離運転には向いていない。

 FCVには、水素ステーションのほか水素価格や規制緩和に課題がある。地球温暖化対策の重要性と世界の保有台数を考えれば、EVかFCVかではなく、それぞれの利点を生かして両方を推進するということだろう。

 半世紀前の英断

 日本の電源構成は、その84%が石炭、石油などの化石燃料である。深夜電力はほぼ石炭火力で賄われているので、それを充電した電気自動車に乗っていて「地球環境派です」と言うのは笑い話になりかねない。

 EVの普及をCO2削減につなげるためにも、天然ガス発電に水素混焼を進め、また完全CO2フリーの水素発電を実用化する必要がある。発電用に大量消費されれば、水素価格の低下も期待でき、FCVのみならず、産業用、業務用分野での水素利用が進む。

 今から約50年前、産油国で利用されずに放出されていた天然ガスを液化して利用する事業に先鞭(せんべん)をつけたのは、日本である。当時の東京ガスの首脳が未利用でクリーンなアラスカの天然ガスに注目し、マイナス162度で液化してタンカーで輸送するという技術が海外で開発されるや、いち早く東京電力を説得し、両社で大量かつ長期の引き取りをコミットして、事業化を実現した。

 石油ショックの6年前のことである。先見の明と勇気ある経営トップの決断があった。

 水素について日本が世界に先駆けて同様の取り組みをすべきである。水素もマイナス253度で液化する。タンカーでの輸送も日本の技術で実現可能だ。問題は、経済性である。水素燃料電池自動車の需要だけでは、水素液化事業は立ち上がらない。水素発電を早期に実用化し、大量に水素を消費する電力業界と一緒になって、水素社会の実現に取り組むべきである。

【プロフィル】北畑隆生

 きたばた・たかお 東大法卒。1972年通商産業省(現経済産業省)入省。官房長、経済産業政策局長を経て2006年事務次官。08年退官。日本ニュービジネス協議会連合会特別顧問、三田学園理事長。68歳。兵庫県出身。