3000円で1カ月飲み放題! サブスクリプション型飲食サービス 緻密な営業戦略を探る
居酒屋の飲み放題は、酒飲みの強い味方となるサービスだ。一杯390円~500円くらいはする生ビールが、だいたい1500円前後を支払うだけで何杯でも飲めるからだ。酒杯を重ねて気持ちよく酔いたいグループにとって、これほどありがたいものはない。
しかし、1カ月単位での飲み放題となるとどうだろうか? これまでありそうでなかったチェーン店での月額定額制飲み放題が、この2月から登場した。個室居酒屋を中心に347店舗を全国で展開する「アンドモワ」が首都圏一円の30店舗を皮切りに2月5日から開始したもので、3000円のカードを購入すれば30日間、対象各店で飲み放題サービスが受けられる。
カードは4種類あり、30日間(3000円)、60日間(5000円)、90日間(7000円)、180日間(1万3000円)と、長期のものほど割安になる。なお飲み放題は120分(90分ラストオーダー)で、料理2品の注文が必要。
たった3000円で月に何度通っても追加の飲み物代がゼロなんて夢のようだが、それでもお店が赤字にはならない目算があるのだという。これをきっかけに調べてみると、他にも喫茶店やカレー店などで、月額定額制の飲み放題・食べ放題を実施しているところが見つかった。
そしてそれぞれの業態ごとに、大盤振る舞いで身を切った分を補えるプラスアルファの要素があるようだ。なるほどそれなら、月額制でリピーターを確保できることの利点が大きく光ってくるし、飲食ビジネスの新たな鉱脈ともなりそうだ。
▽料理のグレードをアップする客
じわじわと広がりつつあるサブスクリプション型(利用期間に対して対価を支払う)飲食サービス。そこにはどんな可能性があるのだろうか?
前述のアンドモワによる月額定額制飲み放題は、サービス開始当日夜のテレビ東京系番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」で紹介されたこともあり、さまざまなメディアで取り上げられた。それから1カ月ほどを経た段階で同社を取材し、利用客の反応や定着度などを聞いてみた。
同社が1カ月飲み放題という思い切ったサービスに打って出たのは、個室居酒屋「柚柚」秋葉原店で2017年10月に15日間実施したトライアルの反応がことのほかよく、客単価も60円しかマイナスにならないという数字が得られたからだという。「東北料理と柚のかほり」をキャッチフレーズにした個室居酒屋「柚柚」秋葉原店は昭和通りに面したビルの5階と、秋葉原でも目立つ場所にある。
どういうことか? WBSの番組内でも紹介されていたが、飲み放題のお得感がある分、料理の注文が高いメニューにシフトする傾向があるというのだ。
たとえば、1品目が枝豆(299円)→まぐろとアボカドのユッケ(699円)へ、2品目が唐揚げ(499円)→厚切り牛タン(1029円)へ、メインの鍋が鶏すき鍋(1199円)→本ズワイガニの海鮮寄せ鍋(1599円)にグレードアップといった体で、3人グループを想定すれば、それだけで料理の客単価は443円も上昇する。
サービス開始から約1カ月を経て、対象店舗は首都圏以外にも大阪梅田、博多の天神、熊本を加えて33店舗となっている(2月26日時点)。前述の「柚柚」秋葉原店ではテレビ番組の宣伝効果もあり、交通至便の立地もあって、一桁違うほどの売上を記録したという。
▽料理で儲けるビジネスモデル
居酒屋好きの一人として特に感心するのは、飲み放題の対象ドリンクが全250種類ときわめて幅広いことだ。たいていの飲み放題では対象ドリンクがメニューの冊子とは別の小さなカードに列挙されていて、生ビールに飽きたからカクテルでもとなった時点での選択肢の少なさが恨めしいことがままあるからだ。
だが、1カ月間何度でもという点につけ込んで毎日のようにがぶ飲みする人が大勢いるようではサービスの継続は難しくなる。実際に各店舗で実施してみて、そのあたりは本当に大丈夫なのだろうか?
「おかげさまで、月に1回ほどのご来店だったのが4~5回に増えるなどの例が目立ってきています。傾向として3回目くらいで、料理を抑えてどれだけ飲めるかに挑戦される方々が多いのですが、たいていはその一度きりで、あとは飲み代が安くなる分、料理を充実させることが毎回の習慣になられるようです」(アンドモワ改善改革推進本部の森本重久執行役員)
なるほど。そこで改めて気づかされるのが、飲み屋に来てアルコールだけを注文する人はいないことだ。お酒をおいしく飲むにはうまい料理も不可欠であり、そこに、飲み放題を1カ月定額にしても料理で儲けるというビジネスモデルが成立する余地があるわけだ。
▽店の「広告塔」としての期待も
もうひとつ、居酒屋という業態ならではの月額制のメリットも見えてくる。飲み放題カードをもった人がお店の広告塔の役割を果たすことが期待できるのだ。
「カードをもった幹事さまが3名さまをお連れになるなどの例があります。そうやってテーブルを囲む人々のなかには酒豪もいれば、お酒はほどほどにという方もいらっしゃるので、平均するとお一人4~5杯に落ち着きます」(森本氏)
アンドモワの飲み放題カードには、一緒に来店した人の1回限り飲み放題が1780円→1500円と割安になる特典もついてくる。それを誘い文句に、カード所持者が同僚や知り合いを誘ってきてくれるのだ。追加の宣伝費をかけずに大きな口コミ効果が得られるわけで、その利点は少なくない。
まとめると、居酒屋とは仲間たちと連れ立って行く場所であり、酒席には料理も不可欠。その二重のプラスアルファの要素が、採算ラインを上回って余りある勝算をもたらしてくれるのだ。
アンドモワの森本氏は「景気は気から」という言葉で、この太っ腹なサービスの需要創出効果を表現する。「(消費者の節約志向が根強いなか)心理的なハードルとなる飲み代を定額とすることで、仲間と一緒に盛り上がり、わくわくできるコミュニケーションの機会を提供し、居酒屋文化の振興を図っていきたいと考えております」と、意気込みを語ってくれた。
同業他社と差別化をして独り勝ちを目指すのではなく、むしろ他社とも提携して同様のサービスを広めて業界全体の底上げを図りたいという理念に、志の高さがうかがえた。
▽「トッピング」が大盤振る舞いと利益確保の両立を可能にする
他の飲食業界での月額制の事例のなかで、とりわけ興味深いのは、福岡県北九州市の「スナックうまい棒」というお店でかつて実施されていた、「月額540円でランチタイムのカレー食べ放題」というサービスだ。
たったの540円で、11~14時のランチタイムに月に何度でもOKということに驚いてしまうが、フリー対象はライスにカレーをかけただけのプレーンであり、トンカツ(200円)、ハンバーグ(150円)、チーズ(50円)などのトッピングを追加で支払ってもらえることにミソがある。
トンカツその他を追加しても一般的なランチより安く済むわけで、それならお客としても毎日のように来たくなるだろうし、実際に毎日3組ほど新規のお客が来店してくれたという。それだけの宣伝と誘引の効果があることが、競争の激しい飲食業界では大きい。
同店の経営者が新たなフリーランチへの出資をクラウドファンディングで募集したプロジェクトがあり、残念ながら目標金額を集めることはできなかったようだが、飲食業界でのサブスクリプション型サービスの可能性についての示唆に満ちた告知内容となっており、非常に参考になる。
他にも喫茶店で月額制飲み放題のところがいくつか見つかったが、「コーヒー代がかからないからついでにランチも食べていこう」などの誘引の要素が、こちらでも期待できる。また、先にあげたアンドモワの居酒屋飲み放題にも、料理の追加の要素がある。いずれも、トッピングの一種としてまとめられるのではないだろうか。
飲食業界でこうした月額制が現れ始めた背景には、動画配信のネットフリックスなどのサブスクリプション型サービスの広まりもある。月ごとにまとめてクレジット決済されることへの心理的な慣れが出てきた上に、たとえば“小遣い制”のサラリーマンであれば、財布の中身とは別枠にできるちょっとした嬉しさもある。
そういったところから消費者としても歓迎できる、ますます広まってほしいサービスだ。(待兼音二郎/5時から作家塾(R))
《5時から作家塾(R)》 1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。
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