神鋼よ、信頼回復は町工場の誇りに学べ ものづくり大国日本で相次ぐ不祥事

視点
新たな不正の確認を発表し、記者会見で謝罪する神戸製鋼所の川崎博也会長兼社長=13日、東京都港区(AP)

 □産経新聞論説委員・鹿間孝一

 19世紀にドイツ統一を成し遂げ、「鉄血宰相」と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルクの有名な言葉がある。

 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

 補足すると、ビスマルクは演説で「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む」と語った。危機管理の要諦であろう。

 企業、とりわけ製造業で不祥事が後を絶たない。経営陣は他社の失敗に学ばない「愚者」と言わざるを得ない。

 金属大手の神戸製鋼所が、アルミや銅製品などの性能データを改竄(かいざん)していたことが明るみに出た。10年以上も前から、工場の幹部も黙認する組織ぐるみの不正が横行していた。

 経済産業省に経緯を報告した川崎博也会長兼社長は「原因を究明し、再発防止策を立案する」としていたが、さらに主力の鉄鋼製品やグループ企業でも不正が確認され、納入先は約500社に拡大した。

 由々しき事態である。とくにアルミ製品は、自動車のボンネットや新幹線の台車部分など、軽量化を図るために幅広い分野で採用されている。国産ジェット機や宇宙ロケットにも使われている。

 もし安全性に問題があれば、自動車の大規模なリコール(回収・無償修理)に発展する。同社の経営を揺るがしかねない。

 技術力と品質管理を誇った「ものづくり日本」の信頼がぐらついている。三菱自動車の燃費データ不正や、東洋ゴム工業の免震ゴム偽装など不祥事が相次ぎ、最近では日産自動車が完成車を無資格者に検査させて、116万台のリコールを届け出た。

 神鋼でも昨年、グループ会社でステンレス鋼線をめぐる試験値の改竄が発覚し、再発防止策をまとめたばかりである。

 10年ほど前、ホテルや百貨店、高級料亭などで、食材の産地偽装、消費期限・賞味期限切れ販売、客の食べ残しの使い回しなどが相次いだ。その前には輸入肉を国産牛と偽る事件もあった。

 表向きはコンプライアンス(法令順守)を掲げながら、実際は「ばれなければ」の利益優先だった。消費者を裏切った食品業界は大きなダメージを受け、高級料亭は廃業に追い込まれた。

 他業種とはいえ、神鋼は教訓にしなかったのか。いや、前述したように自社でも不祥事があったのだから、経験にも学ばなかったことになる。

 現場では「納期に間に合わせなければならない」というプレッシャーや、「これくらいなら問題ない」との安易な判断があったようだが、言い訳にもなるまい。

 「信用を獲得するには長い年月を要し、これを失墜するのは一瞬である。そして信用は金銭では買えない」

 かつて食中毒事件を起こした乳業会社のトップが、涙ながらに従業員に訓示した言葉である。

 東大阪市にあるハードロック工業は、明石海峡大橋や東京スカイツリー、それに新幹線にも使われる「絶対に緩まないネジ」で知られる。

 若林克彦社長には苦い思い出がある。建設現場でよく見かけるくい打ち機に使われたネジが振動で緩み、機械が壊れたとクレームを受けたのだ。「絶対に緩まへんのと違うんか!」

 「絶対」をうたう怖さを知った。同時に「よしっ、どんなことがあっても絶対に緩まないネジを作ってやろう」と奮い立った。そして、散歩の途中に立ち寄った住吉大社の木造の鳥居を見て「これや!」とひらめいた。

 継ぎ目に楔(くさび)が打ち込んである。ボルトとナットの間に楔を打ち込めば緩まないはずだと考えた。試行錯誤で何度も試作品を作った末、ナットを2つの部分に分け、一方が楔の役割をして、締め付けるともう一方のナットとボルトの隙間にがっちり食い込むようにした。

 「信頼はゼロに落ちた」(川崎社長)という神鋼が立ち直るには、苦難の道のりと長い時間がかかるだろう。学ぶべきは町工場の技術者の誇りである。