ビール市場はなぜ縮小しているか マニュアル重視で“干された”夜の対話
高論卓説改正酒税法による酒の安売り規制が、6月から強化された。酒類消費の6割を占めるビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)は、官製値上げの影響を受けていくのは間違いない。
ビール類の2016年の出荷量は、前年比2.4%減の約525万925キロリットル。12年連続して減少し、現行の統計を取り始めた1992年以降で過去最低となった。ピークだった94年と比べると、16年は73%弱の規模に相当する。今年8月までの天候にもよるが、今回の安売り規制により13年連続の前年割れも予想の範囲である。
さて、急速に進行する少子高齢化、さらには人口の減少といった構造的な問題が、市場縮小の背景としてある。だが、それだけでもない。今回は、企業社会の変化を切り口に、なぜビールが減ったのか考察してみよう。
電機大手の富士通が管理職を対象に、いわゆる年俸制を導入したのは1994年だった。1年間に上げた成果により翌年の報酬が上下するという成果型賃金制度の本格的な始まりである。従来の年功賃金制からの変化だったが、大手企業は相次いで追従する。この結果、ホワイトカラーの職場での“ノミュニケーション(就業後の飲み会)”は停滞していく。例えば課長は翌年の報酬が減額する不安から、部下を酒場に誘いにくくなった。また、評価者である上司と飲むのは、被評価者にとってはかなりの緊張感を伴いできれば避けたいシーンとなる。
成果主義には管理職の総賃金予算を管理して、人件費を削減させる狙いが会社側にはあった。バブルが崩壊し、経済環境が悪化していく時期とも重なっていたが、上司の権限は強くなっていく。「短期的な成果を優先する上司が増え、上司として本来は最も重要である部下の育成がおろそかになった」(電機メーカー首脳)という指摘もある。
一方、工場現場でも90年代から、飲み会は影を潜めていった。80年代まで、自動車工場において若手ワーカーは、匠である先輩の技を働きながら盗んで育っていた。昼間は鬼のように厳しい先輩たちは、夜になると必ず飲みに連れて行ってくれる。「ビールを飲みながら『なぜ叱ったのか』を膝詰めで説明してくれる先輩もいた」(自動車メーカー元幹部)。ちょっとしたミスであっても、工場現場では重大事故へとつながってしまう。昼の仕事だけではなく、酒を介したコミュニケーションにより技術は伝承されていたのである。
ところが、バブル末期から工場にスピードが求められていき、マニュアルが現場に配布されるようになる。叱ったり、飲み会で説明したりといったコミュニケーションは消えていく。そもそも過度に叱るようなら、昨今はパワーハラスメントとのそしりを受けてしまう。しつこく、飲食に誘うのも、若い者には敬遠されがちだろう。
いま、わが国の職場は「働き方改革」をめぐって揺れてもいる。同時にダイバーシティ(多様性)が進むなど、職場環境は大きく変化し続けている。安売り規制への対応から、メーカーは流通へのリベート(販売奨励金)を今年に入ってから減らしている。その分を開発へと振り向けることが、メーカーには求められていく。来年4月にはビールの定義は見直され、麦芽構成比の緩和に加え果実やハーブの使用も認められるという新しい波も待ち受けている。
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【プロフィル】永井隆
ながい・たかし ジャーナリスト。明大卒。東京タイムズ記者を経て1992年からフリー。著書は「アサヒビール 30年目の逆襲」「サントリー対キリン」など多数。58歳。群馬県出身。
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