「塚田農場」の弁当、品川駅構内でトップ争う人気ぶり 成功の背景には「製薬会社の営業マン」?

《居酒屋「塚田農場」(エー・ピーカンパニー)の弁当が売れている--。居酒屋チェーンが弁当事業を手掛けて成功した例を過去に聞かないが、なぜ同社は成功しているのだろうか。[長浜淳之介,ITmedia]》
居酒屋「塚田農場」(エー・ピーカンパニー)の弁当が売れている。
JR品川駅のエキナカ商業施設「エキュート品川サウス」に2015年12月に出店した弁当屋「塚田農場OBENTO&DELI」。その日商はコンビニでトップの集客を誇る「セブン-イレブン」と同等の売り上げを上げているという(数字は非公開)。1号店の好調を受けて、2016年12月にはJR上野駅「エキュート上野」に2号店を出店した。今後もさらに拡大させるとしている。
塚田農場といえば、地鶏専門の居酒屋だ。宮崎県日南市「みやざき地頭鶏(じとっこ)」、鹿児島県霧島市「黒さつま鶏」、北海道新得町「新得地鶏」を売りにした店を全国に151店展開している(2017年2月末時点)。産地直送の流通を築き、流通コストを抑えることで、消費者にとって高額で手が出なかった地鶏を身近なものにした。
エー・ピーカンパニーはこの塚田農場を事業の主力とし、設立から12年後の2013年9月に東証1部上場を達成した。ただ、既存店の対前年同月比の売り上げが2014年5月から34カ月連続で減少するなど、居酒屋としての塚田農場は成長性に陰りが出てきている。
そうした中、弁当屋としての塚田農場は好調そのもので、エー・ピーカンパニーが追求してきた「優良生産者直結」の味が顧客に強く支持されている。居酒屋チェーンが弁当事業を手掛けて成功した例を過去に聞かないが、なぜ同社は成功しているのだろうか。
製薬会社の営業マンをターゲットにして成長
弁当事業がスタートしたのは2014年7月。当初はMR(Medical Representative)と呼ばれる製薬会社の営業マンをターゲットとし、市場を切り開いた。
製薬会社では医師たちに向けた製品説明会や講演会の際にお弁当を利用することがある。その際の弁当はコンビニ弁当や駅弁と違って高級品であり、2000円程度の価格帯が好まれるという。
通常、MR向け弁当の業者は、専門の販売サイトを通じて注文を受ける。販売サイトが高額な仲介手数料を取るため、弁当業者が利益を得るために中身に見合わない高値の弁当が出回っていたそうだ。そこで同社は、直接MRに買ってもらおうと営業をかけた。仲介手数料を払わないで済む分、お金を食材の原価と調理などの人件費に掛けられ、同じ値段で競合他社よりも圧倒的においしい弁当がつくれると考えたのだ。
思惑通りに弁当は順調に売れた。エー・ピーカンパニーは弁当事業に本腰を入れるため、子会社の塚田農場プラスを翌15年7月に設立。また、江東区新木場にある弁当の専門工場を購入した。
MR向けの弁当で主力商品に選んだのは、地鶏ではなく牛肉。事前に行ったリサーチの結果、多くの医師が牛肉を好んでいることが判明していたからだ。牛肉は北海道の標茶町(しべちゃちょう)「星空の黒牛」、佐呂間町「サロマ黒牛」を使用。北海道の黒牛は上質なサシが入る黒毛和種と、しっかりとした赤身の風味を持つホルスタイン種のハーフで、両種の良さを兼ね備えた奥行きの深い味わいが特徴だ。
また、米は冷めてもおいしい品種を追求。佐賀県白石町の日本穀物検定協会から「特A評価」を受けた「さがびより」と、日本有数の日照時間の長さや昼夜の大きな気温差によって高品質の米ができる長野県東御町八重原地域の「謙太郎米」を採用した。調理も、肉はスチームコンベンション(スチームと熱風の量を設定して調理を行う多機能加熱調理機器)を使わずに職人が1枚1枚炭火で焼き、玉子焼きも職人が手を使って焼く。
こうしたこだわりの黒牛と米を使って、ステーキ、炭火焼肉、ハンバーグ、ローストビーフなどの弁当を販売している。当初、MRから注文を取るのには苦労したが、いったん注文をもらうと弁当の評判が良く口コミで広がっていったという。
企業の会議・研修用やテレビ局向けにも展開
弁当専用工場の稼働後は生産に余裕が生まれため、新規ルート開拓に乗り出した。新たなターゲットとしたのは一般企業の会議用の弁当。研修やイベントで弁当が配られるケースが多いが、注文する人の部署が総務とは限らず、注文担当者はその都度変わる。1つの部署で頻繁に注文する機会がないのが、MR向け弁当との大きな違いだ。売れ筋の価格も1000円前後と、MR向け弁当よりずっと安い。
そこで、テレビ局向けのロケ弁にも進出。テレビ番組の場合はADがまとめて弁当を注文するので、一般企業よりもはるかに営業の的を絞りやすい。番組単位で30食、50食とまとまって注文が入る。出演者だけでなく、裏方のスタッフも数多くいるので、大口の受注となることが多い。また、日本武道館、さいたまスーパーアリーナなどで開催されるコンサート用の弁当として注文が入るケースもある。
ADは番組出演者が飽きないように、いくつかの弁当会社の弁当をローテーションで注文するが、同じ値段に対する品質の高さで塚田農場の評判が高く、選ばれるケースが増えている。リピート率も9割と非常に高く、MR向け弁当と同じ好循環が生まれている。
会議用弁当、ロケ弁で人気なのは、断然「特製チキン南蛮弁当」(税込790円)。優秀な弁当を決める「Inter BEE 2016 ロケ弁グランプリ」でグランプリを受賞するなど、表彰歴もある。その他、「鶏の炭火焼弁当」(同900円)なども人気だ。
チキン南蛮、鶏の炭火焼というと、居酒屋の塚田農場のメニューをそのまま出しているのかと思われるかもしれないが、実情はそうではない。
「時間を置くと硬くなる地鶏は弁当には不向きです。そこで、炭火焼弁当では冷めても硬くなりにくい、餌や飼育方法にこだわった宮崎県のブランド鶏『夢創鶏』を使用しています。チキン南蛮では居酒屋で出すメニューとは違って、鶏肉にとろみの付いた甘酢あんを掛け、冷めてもおいしくなるように仕上げています」(塚田農場プラス、森尾太一社長)
弁当事業の成長で居酒屋事業を立て直す
今のところ、会議用弁当とロケ弁の売上比率は4:6でロケ弁の方が多く、一般企業にいかに塚田農場の弁当を認知させていくのかが今後の課題になっている。
品川や上野に弁当販売の実店舗を設けたのは、ビジネスパーソンが利用する巨大ターミナルのエキナカならば、多くの企業の社員にも認知されやすいのではないかと考えたからだ。直接的な企業への営業と口コミだけでは認知されにくいので、まず塚田農場の弁当がどんな商品なのか、実際に購入して試してもらう狙いがあった。
反響は大きく、品川駅構内の弁当販売数で1、2位を争うほどの勢い。近隣の人が乗り換えのタイミングで購入したり、新幹線を使う出張族にも愛されたりといったように、居酒屋の知名度の高さもあって、店舗販売は好調である。
今後は、会議用弁当のさらなる浸透を図るとともに、デパ地下進出にも取り組む方針。デパ地下で売れるようになれば、主婦への浸透が期待できる。主婦は居酒屋では今まで取り込めていなかった新たな顧客層だ。
弁当事業の成長によって、塚田農場の味が分かる顧客を増やしていけば、居酒屋にも顧客が集まるようになり、既存店売上も快方に向かうとの目算もある。今後の展開に注目したい。
著者プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
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