日産の国内販売の救世主 “あり合わせ”のノートe-POWERがヒットした4つの理由

 
近年のこのクラスにはない広いリヤスペースを備えたインテリア

《ここしばらく国内でほとんどリリースせず、存在感が希薄化していた日産だが、昨年にノートのハイブリッド車、e-POWERでヒットを飛ばした。販売店にとっても救世主となったこのクルマの実力に迫った。[池田直渡,ITmedia]》

 ここしばらく国内でほとんどクルマをリリースせず、存在感が希薄化していた日産だが、昨年突如ノートのハイブリッド車、e-POWERでヒットを飛ばした。

 国内でこそ存在は希薄だが、実は日産の経営は順調だ。主戦場が日本ではなくアジアの新興国に移っただけだ。企業戦略としては上手くいっているのである。ただし、それは本体だけの話で、販売会社にとっては海外での成功は全く関係ない。国内で日産車が売れてくれないと死活問題になる。

 幸いなことにここしばらく、三菱との合弁事業であるNMKVの軽自動車デイズが好調だったのだが、三菱の燃費不正事件を背景にそこも暗雲が立ち始めた。その矢先にヒットしたe-POWERは、販売店にとってはまさに救世主のような存在なのだ。

 震災とリーフとノート

 ノートはマーチのバリエーション車種である。バリエーションにはジュークやキューブもあるので、e-POWERで上手くいった日産は、当然これらの車種に対してもe-POWERの設定を考えているはずだ。

 このe-POWERについてはもうあちこちで散々触れられているので、簡単に要約して説明すると、タイヤを回すのは全部モーターの仕事であり、その電気をエンジンで発電する。従来のハイブリッドのように、タイヤを回す仕事をモーターとエンジンで適宜交代しながら走る方式とはそこが全然違う。

 なぜそうなったのか? その理由を説明するには、日産が社運を賭けて取り組んだ電気自動車リーフの話から始めなくてはならない。

 日産はリーフを「スマートグリッド構想」に則ったクルマとしてリリースした。それは単純に自動車としての機能だけでなく、社会インフラの一部に組み込まれた新しい自動車の姿だった。原子力発電は一度炉を稼働させれば、そう簡単に出力を変えられない。昼間の電力需要のピークに合わせれば、当然夜間は余る。しかし電気は原則的に貯めておくことができない。この夜間の余剰電力を電気自動車のバッテリーに蓄え、日中はその電力で走行したり、週末しか使わないクルマならば、家庭の電力をまかなったり、あるいはこれを売電することができる。

 こうしたスマートグリッド構想が稼働すれば、電力会社は、ピークに合わせて新規に発電所を建設したり、場合によっては老朽化した原子炉を更新せず、廃炉にするだけで済むことになる。この構想は非常によくできていて、日産側は走行用バッテリーの処分問題も解決できるスキームになっていた。電気自動車のバッテリーは劣化すると航続距離が落ちてしまう。それでは困るので定期的に交換するのだが、このバッテリーは実はクルマのような運用でなければまだまだ使えるので、中古のバッテリーをリユースして、電力会社に蓄電設備を供給する研究が行われていたのだ。

 つまり電気自動車とスマートグリッド、さらに中古電池が電力需要のアイドルタイムを画期的に削減し、インフラ電力に大いなる貢献をする。それはもしかしたら電力料金が変わるほどのインパクトがあったかもしれない。そうした国家レベルの大きな動きの中で、リーフは恐らくさまざまな補助制度を利用できることになっていたはずである。

 しかし、このプランは、リーフの発売3カ月後に起きた東日本大震災によって瓦解した。あれから6年が経過した今も、原発の再稼働が一体どうなるのかが見えてこない。当然リーフの販売も宙ぶらりんになったままだった。

 思わぬ評価が動かした商品企画

 しかし、電気自動車を売ってみて、初めて分かったことが日産にはあった。従来のガソリン車ユーザーにいきなり電気自動車に乗ってくれと言っても、顧客はそのメリット・デメリットが明確に比較できず、結果尻込みしてしまう。それはつまり、間に一段ステップが必要だということを意味する。

 もう1つ、日産にとっても意外だった評価がある。それは実際に購入したユーザーからの「モーター駆動の気持ち良さ」への絶賛だ。ガソリンエンジンは低速域の運転が苦手である。不慣れな人がマニュアルトランスミッションでエンストしてしまうのは、低速回転ではトルクが細いためだ。ところがモーターは低速が得意である。むしろモーターの全能力を発揮したら、発進しようとしてアクセルを踏んだ瞬間に、モーターの有り余るトルクはタイヤの能力限界を超えてしまう。なので、モーター駆動の場合、車両の加速時にタイヤの状態をモニターしながら緻密にトルクを制御しなくてはならない。

 しかしこれは裏返せば、人が気持ち良く感じる加速感を制御によって作り出せることを意味し、加速の演出が思うままにできることになる。足りなければどうしようもないが、余っているなら好きなようにデザインできるからだ。さらに制御レスポンスが桁外れだ。3気筒ガソリンエンジンの1000回転時のトルク制御の理論的最小制御限界は約25分の1秒となる。日産はモーターを1万分の1秒で制御できると言う。さすがにそこまで高精度である意味はないが、個人差はあれど、200分の1秒程度までは人の感覚に何らかの差を感じさせるはずだ。

 併せて、アクセルペダルを放したとき、即回生ブレーキを稼働させることができる。

 ただし、このブレーキもモーターを制御しなければ強烈で、とても実用的とは言えない、日産は実験を繰り返しながら0.15Gという減速加速度を決め、その過渡特性を作り込んだ。そうして加速も減速も人が気持ち良い制御ができるようになったのである。

 つまり、電気自動車未満のクルマで、かつ加減速制御の気持ち良いクルマを作れば、マーケットが反応する可能性があり、それはまた塩漬けのリーフに対する支援策にもなる。そうしてノートe-POWERのプロジェクトはスタートした。

 手持ちの部品だけで成立させたヒット商品

 ただし、そういう企画があってゼロからスタートしたわけではない。日産社内では既に2007年ごろから、エンジニアの自称「部活動」によって、ノートのボディ/エンジンとリーフのモーターを組み合わせた非公式な先行開発車両を制作中だったのである。それに商品企画が目を付けた。2014年、部活動は急遽正規プロジェクトに格上げされた。たった2年で発売に漕ぎ着けることができたのは、この部活動があったからだ。

 一番大変だったのは、エンジンとモーターの搭載だ。ノートはHR12型エンジンが搭載されることが前提で設計されている。そこにさらにモーターとインバーターを入れなくてはならない。どれかが新規設計ならともかく、エンジンもモーターもシャシーも全部ありものを使わざるを得ない。リーフにはモーターのみ、ノートにはエンジンのみが搭載される。それを前提に全てのサイズが決まっているものを両方とも1つのエンジンコンパートメントに押し込むのである。それは大変な作業だったことが容易に想像できる。

 こうしてデビューしたノートe-POWERがヒットした原因は何だろう? 筆者は4つの理由があると思う。1つ目はトヨタハイブリッドの一人勝ちに反感を感じる層がいたのだと思う。皆と同じクルマは嫌だという気分はかなり購入を左右する。

 2つ目は日産ファンが積極的に選びたいクルマが長らく枯渇していたこともあるだろう。そうした人たちが、これならと飛びついたと思われる。そして3つ目はノートそのもののポテンシャルが高かったことだ。過去5年を振り返ってみると、プリウス、アクア、フィットというハイブリッド勢が、三つ巴のトップ争いをしている間、リーフはずっと4番手の常連だった。現代のBセグメントカーとしては異例に広いリヤスペースが他にはない魅力になっていたのだと思う。最後に、日産が重視した気持ちの良い動力性能が挙げられるだろう。

 実際に乗ってみると、加速も減速もアクセルペダルで行える「ワンペダルドライブ」には最初戸惑う。ちょっとしたアクセルオフでグッと減速してしまい。ギクシャクする。特に滑空感が強いトヨタハイブリッドを基準に考えると、もう違う乗り物だと思うくらい減速する。しかしこれが慣れてくるとなかなか使い勝手が良い。日産の実験によれば、ブレーキへの踏み替え回数を約7割削減できるという。前走車との速度差は常にクルマがモニタリングしており、0.15Gの減速では止まりきれない場合は、ブザーと光で知らせる仕組みになっている。そのときは素直にペダルを踏み換えるというわけだ。

 こうしたワンペダルドライブは運転の楽しさに明らかにつながっており、ハンドルを切りながら回生ブレーキで前輪への荷重を高めて、アンダーステアを消すことができる。それは別にタイヤを鳴らすような運転をしなくても、曲がり角をゆっくり曲がるときでもクルマの挙動をしっかり制御できる。

 しかし、そうやってアクセルオフで前輪荷重が増える特性だと、例えば初心者が意図せずに曲がり過ぎることが起きないかと思って念入りにチェックしてみたが、不思議なことに前輪荷重による軌跡の巻き込みは極めて穏やかである。かと言って荷重を乗せなくてもあまり外にはらんでいく気配は見せない。実はこの特性e-POWERモデルでないノートでも同じなので、奇しくもこのパワートレインとシャシーの性格がマッチしていると言える。

 日産によれば、家族4人でいろいろに使えるクルマを目指しており、夫婦が二人で、あるいは免許を取った息子が、家族揃って、という風に、老若男女全てが便利で快適に使えるパッケージがノートにはあり、だからこそe-POWERをそういう普通の人達に感じてもらうためにノートを選んだという。

 デビューは2012年。モデルチェンジがあってもおかしくないころ合いだと言うことを割り引くとノートe-POWERは悪くない。これがブランニューで2017年に出たクルマだと言われたら、ドライビングポジションやリヤシートの出来、ボディ剛性など指摘する部分はある。つまり最新世代のクルマと比べると見劣りする部分もあるが、元々の素養の高さと室内空間が広いという他に無い個性がそれを補っており、そこに新しい推進装置を用意したことで上手くプラスに転じている。

 この記事の本題、つまりビジネスニュースとして日産のノートe-POWERをどう見るかと言えば、すっかり固着して動かなかった日産の国内戦略を、短期間の開発かつ、ありものを組み合わせて安価に、そして大いに刺激したと言う意味で大きな存在感を持つ1台だと言えるだろう。

■筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。