バカ売れで販売停止、無理難題の「大量生産」交渉も… 「ヨーグリーナ」大ヒットの裏側

 
爆発的なヒットとなった「ヨーグリーナ&南アルプスの天然水」

 《ミネラルウオーター市場でトップを走るサントリー「天然水」シリーズ。大ヒットしたフレーバーウオーター「ヨーグリーナ」の商品開発や販売の裏側には、さまざまなハードルがあった。ブランド戦略を担当する糸瀬大祐さんに開発の経緯や当時の思いを聞いた。[加納由希絵,ITmedia]》

 健康や防災などへの意識が高まり、ミネラルウオーター市場が拡大している。そのトップを走る商品が、サントリーの「天然水」シリーズ。2016年の出荷量は、初の1億ケースを突破。ペットボトルで約12億7000万本を販売した。そのブランド戦略を担当するのが、サントリー食品インターナショナルの糸瀬大祐さん。大ヒットしたフレーバーウオーター「ヨーグリーナ」は、「いつか退職するときに、思い出す商品」だという。その開発の裏には、何があったのか。

初の年間1億ケース突破

 「南アルプスの天然水」などで知られる天然水シリーズは、同社の清涼飲料販売の4分の1を占める。糸瀬さんが担当になったのは14年9月。それまでは、缶コーヒー「BOSS」の部署にいた。「働く人がどのように缶コーヒーを飲むか」を考えていたが、今度は「人が水を飲む、ということの本質を考えることになった」。

 サントリーのミネラルウオーター事業の始まりは1970年。ウイスキーに適したおいしい水を求めて、全国の水質を調査し、業務用ミネラルウオーターを商品化した。80年代には家庭用ミネラルウオーターの需要が増加したものの、家庭用市場ではハウス食品「六甲のおいしい水」が首位を走っていた。そんな状況を変えたのが、91年に発売した「南アルプスの天然水」だ。

 南アルプス(山梨県)のほか、阿蘇(熊本県)、奥大山(鳥取県)といった採水地を前面に出したブランドイメージが定着し、販売は右肩上がり。健康志向に加え、東日本大震災以降は防災意識がさらに高まり、市場は拡大。その成長をけん引してきた。2016年は前年比6%増の1億60万ケースを販売した。

フレーバーウオーターの次の一手

 天然水の主力商品は2リットル・550ミリリットル入りペットボトルになるが、フレーバーウオーターなどのサブカテゴリー商品も近年の成長を下支えしている。糸瀬さんが天然水の仕事を始めたころ、13年に炭酸水の「スパークリング」、14年にフレーバーウオーター「朝摘みオレンジ」を投入していて、今後のブランド戦略が課題になっていた。

 フレーバーウオーター市場は、日本コカ・コーラの「い・ろ・は・す」など、他社の商品が先行していた。そのため、後発となる新商品は失敗できない。社内でも天然水ブランドに対する期待は高く、機運が高まっていた。「新しい価値をつくっていくというモチベーションが高まった」と、糸瀬さんは振り返る。

 次の一手として決まった新商品は、朝摘みオレンジに次ぐフルーツフレーバー。糸瀬さんが加わった14年9月の時点で、中身もパッケージも決定していた。

 ちょうどそのころ、中身を開発する研究所で、ある研究員が生み出した味に注目が集まっていた。「こんな味ができた」と、研究員が自発的に提案した味。それが、乳性フレーバー。後に「ヨーグリーナ」として世に出るフレーバーウオーターだった。

 研究所での話はたちまち広まり、その水が「おいしい」と話題に。上層部にも伝わり、チームの雰囲気は変わっていった。

 そして、決まっていた新商品計画の変更を決断。14年9月、新商品発売まで約半年。商品名やパッケージを決める時間は、たった2カ月しか残されていなかったが、ここから糸瀬さんら天然水チームの奮闘の日々が始まる。

過去の商品に目を付ける

 ヨーグルトのような味はおいしいが、それをどう表現するか。まずは商品名だ。「乳性フレーバー」といっても味がイメージできない。乳製品によくある「ホワイト」という言葉も、商品が白くないため使えない。この味わいを伝える言葉はないか……。

 そんなときに目を付けたのが、過去の商品。1990年代に発売した特定保健用食品の乳性飲料が「ヨーグリーナ」だった。あまり売れなかった商品だったため、「縁起が悪い」という声もあったが、「親しみのある響きで味わいを伝えるのにぴったり」と、再び採用した。

 パッケージも悩みの種だった。どんな色やデザインを使えば、味をイメージできるのか。デザイナーと何度もケンカをしながら、「ものすごいスピード」で試作を繰り返した。その数は200種類にも上る。試行錯誤の中で、ブルー系の色を基調としたデザインをゴールドに一変させたことも。青いパッケージは酸味のあるヨーグルトをイメージさせるため、甘くリッチなヨーグルト商品によく使われる金色を採用した。最終的にパッケージが完成したのは、商品発表の直前だった。

 そんな嵐のような日々を経て、ヨーグリーナは世に出ることになった。開発段階から「おいしい」と絶賛された味の秘密は、素材を生かした製法だ。その素材とは、チーズを作るときに出る液体「ホエイ(乳清)」。ヨーグルトの上澄み液としても知られている。その乳清を乳酸菌で発酵させることで、透明でありながらコクのある味に仕上げた。「飲めば分かる」というおいしさを広く知ってもらうため、発売前の告知にも力を入れた。

 そして、2015年4月14日の発売日を迎える。受け入れてもらえるか--。

2カ月半の販売停止

 糸瀬さんらの不安を吹き飛ばすかのような「想定外の売れ行き」でヨーグリーナの販売は幕を開けた。

 ところが、大きな問題が起きる。生産能力を上回るほど売れてしまったのだ。メディアが大きく報じたため、ご存じの人も多いだろう。発売してすぐに出荷停止に追い込まれる。再開までには2カ月半を要した。

 その間、糸瀬さんは大量に生産するための交渉に走り回っていた。天然水シリーズは、採水地にある工場を拠点として、川上から川下まで、全ての工程がブランド構築の重要な役割を担っている。それを支える製造現場に対して、無理難題ともいえる大量生産をお願いした。在庫を抱えることはリスクにもつながるため、「責任を取れるのか」と責められることもあった。それでも、供給体制を整えることが優先だった。

 「売れないといけないが、商品を切らしてもいけない」というプレッシャーがかかる中、迎えた15年6月30日の販売再開。再び世に出たヨーグリーナは順調に走り出し、糸瀬さんは「また認めてもらえた」と胸をなでおろした。

 そして、9カ月後の16年3月に販売数量1000万ケースを突破。フレーバーウオーター市場で、過去最速のペースを記録した。

部署を飛び越えた開発

「短い期間でいろんな人に関わる経験ができた」と振り返る糸瀬さん

 短い期間で商品を完成させ、大ヒットに導けたのは、「たくさんの人に関わってもらったおかげ」。担当や部署を飛び越えた「チームの力」だという。

 通常の新商品であれば、パッケージ開発や宣伝といったプロセスを順番にこなしていくことが多いが、2カ月で全てを完成させる必要があったため、同時進行を余儀なくされた。そうなると、商品がまだできていないのに、宣伝の部署と打ち合わせを始めることになる。結果、宣伝チームからも商品についてアイデアをもらうことができた。他にも、開発チームが気付かない視点から意見をもらう機会が多く、「いい作用」を引き起こした。また、販売停止によって、製造の部署ともより深く関わった。無理をお願いして衝突したこともあったが、その経験で関係が深まり、その後の仕事にも生きているという。

 ヨーグリーナの経験が教えてくれたのは、「壁があっても、いろんな人が知恵を出し合えば、乗り越えることができる。そうすれば、世の中を動かすこともできる」ということ。「そこそこヒットした『朝摘みオレンジ』を前例に、フルーツ系のフレーバーにしていたら、ここまで天然水ブランドが活性化することはなかった」と振り返る。

 4月25日には、新たなフレーバーの新商品を発売する。ヨーグリーナに続く、新カテゴリーを打ち立てる計画だ。まだ詳細は明かせないが、糸瀬さんは「『そうきたか!』と言わせたい」と自信をのぞかせる。