「空飛ぶ新幹線」次の30年見据えロボット化 JR東海浜松工場、730億円投じ新ライン
東海道新幹線を走る車両の「全般検査」を行うJR東海浜松工場で、作業のロボット化などを進めた新ラインが完成し、1月に稼働を始めた。2010年から進めてきたこの大規模リニューアルへの投資額は同社の年間利益の2割強、約730億円にも上る。安全運行を支えるための重要なメンテナンス拠点ではあるが、巨額の資金を投じるリニア中央新幹線の建設が進む中で、「利益を生み出すわけではない部門への思い切った投資」(広報)に踏み切った狙いはどこにあるのか。
車両検査を効率化
浜松工場は今から105年前の大正元年に新橋工場と沼津工場の業務を受け継いで設けられ、蒸気機関車「D51」の製造・修繕なども行った歴史の長い工場だ。現在はJR東海社員650人と協力会社の700人が、東海道新幹線の車両検査を専門に行っている。
車両検査は、日常的な点検から大がかりなオーバーホールまで、いくつかのレベルに分かれている。
まずブレーキの利き具合などを48時間ごとに確かめる「仕業検査」、次に車輪の摩耗度や主要な機器の回路などを30日または走行距離3万キロ以内に点検する「交番検査」、1年半または60万キロ以内でブレーキやモーターなどを分解・整備する「重要部検査」がある。
最も大がかりな「全般検査」は、3年または120万キロ以内で行う。車体から全機器を取り外し、細部までメンテナンスするため、1編成16両の検査に約2週間が必要だ。
この全般検査を東海道新幹線で行える拠点は唯一、浜松工場だけ。東海地震などで被災した場合、長期間にわたり運行できなくなる恐れがあった。
そのリスク軽減に向け、10年9月から19年3月までの計画で、計約13万平方メートルの建て替えや耐震補強を実施。この機に最新のロボットも導入し、作業を大幅に効率化した。
検査ラインの中で大きく変わったのは、台車を脱着する「車体上げ」「車体載せ」の作業だ。以前は大型クレーンで車体を空中につり上げており、毎年恒例の一般公開イベントでは「空飛ぶ新幹線」として見学者の人気を集めていた。
しかし、新ラインではジャッキで車体を持ち上げる方法に変更。従来はクレーンの操作資格者2人で行っていた作業が資格不要、1人で行えるようになった。
また、車体を塗り直す前に、塗料が密着しやすくなるよう車体表面を樹脂ブラシで細かく研磨する「研ぎ作業」は、完全にロボット化した。複雑な曲面からなる先頭車両は従来、足場が不安定な中、2人がかりで3時間以上かけて作業していたが、全自動で40分に短縮され、仕上げ品質が均一になったという。
その後の塗装も環境面に配慮し、塗料を油性から水性に変更。車体以外の部品の塗装についても完全にロボット化した。
さらに、車体から取り外した床下機器やパンタグラフなどの装置を搬送する無人フォークリフトを導入。工場2階の立体格納庫に運ばれた装置は、自動でそれぞれの棚に仕分けされる。
ロボットの大量導入に加え、車体や部品を移動させる動線もシンプルに再構築した結果、1編成16両の検査に要する期間は、従来の15日間から14日間へと短縮された。
田中雅彦工場長は、工期短縮の意義について「車両の運用が楽になる」と説明する。つまり、“ドック入り”中の編成が減る分、より少ない編成数でより多くの列車を走らせることが可能になるわけだ。
鉄道のイメージ一新
柘植康英社長は、国鉄分割民営化から30年目に始動したこの新ラインについて「鉄道のイメージを変えるハイテク工場。次の30年に向けた重要施策の一つだ」と胸を張る。
また、JR東海は浜松工場の大幅な効率化に加え、4月からは「交番検査」の周期も「45日または走行距離6万キロ以内」と1.5~2倍に延ばす。各装置の状態を、走行中に常時データ収集して解析する仕組みを新たに取り入れる。
一連の効率化により、検査に必要な人手が少なく済むようになる効果は大きいだろう。
JR東海は“浮いた人手”をどこに回すか明らかにしていないが、10年後に迫るリニア中央新幹線の東京-名古屋間開業に備え、リニアのメンテナンス要員を確保する対策の一つともみえる。それならば、「利益を生まない」検査工場への巨額投資は、今後30年を見据えた「人への投資」と位置付けることもできそうだ。(山沢義徳)
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