観光ビジネス、海外富裕層に照準 富士山挙式、高級リムジンなど豪華プラン
JAPAN style観光振興に向け、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法が26日施行された一方、富裕層をターゲットとした観光ビジネスが盛り上がり始めている。中国人ツアー客らによる「爆買い」がなりを潜める中、旅行消費拡大の新たな牽引(けんいん)役として期待が集まっている。自然や食などの観光資源に恵まれる日本だが、富裕層を引き付けるには快適な移動や滞在が可能となる環境整備が不可欠で、官民で取り組みが進もうとしている。
国内の高品質素材増
革張りの椅子に、キャビネットに飾られた調度品。まるで洋館の応接室を思わせる空間で、経験豊富な担当者が、思い描くこだわりの旅行プランを形にしてくれる。旅行大手JTBグループが運営する高品質旅行専門店「ロイヤルロード銀座」(東京都中央区)だ。
これまでロイヤルロードは海外旅行のオーダーメード商品を手がけてきたが、今年5月から新たに国内旅行のオーダーメードを始めた。海外顧客向け担当の桑田康弘グループリーダーは「国内で高品質の観光素材が増えており、海外からの注文が増えた」と背景を話す。
訪日客向けのパッケージツアーの商品も取り扱っており、最近では「富士山五合目での結婚式プラン」やチャーターしたヘリコプターから雪山山頂に降り立って、パウダースノーを体感できるスキープランなどを手がけているが、11月下旬に満を持して打ち出したのは、プライベートジェットへの対応だ。
専門デスクを開設し、旅行プランに応じた発着を調整、機内での食事もリクエストに応じる。宿泊先など旅行全体の企画も引き受ける。気になるのは採算性だが、JTBグループでは事前調査で記念日での旅行需要やペットとともに客室で過ごすニーズの存在なども含め、「勝算はあると判断した」(JTBグループ幹部)という。
2013年からの2年間で訪日客数は約1000万人から倍増し、旅行消費額も2倍以上となる約3兆5000億円に達したが、最近は陰りも見え始めている。7~9月は前年同期比2.9%減。牽引役だった中国人観光客の「爆買い」が円高や規制強化で鈍化したほか、リピーター客が増加し、訪日客の消費行動が食や体験型などにシフトしている。
こうした中で注目されるのが富裕層向け観光だ。
世界の旅行者数のうち富裕層の割合は約3%だが、旅行消費の約25%は富裕層によるものとされる。全世界の国際旅行者数は15年の11.8億人から30年に18億人に達すると見込まれ、富裕層の旅行消費ペースが現在と変わらなければ「爆買い」の鈍化を補ってあまりある伸びが期待できることになる。
需要取り込み始動
需要取り込みの動きは既に始まっている。森トラストは運営する宿泊施設について、米高級ホテルチェーンのマリオットへのブランド替えを進めており、17年には計6カ所のブランド替えが完了する見通しだ。百貨店大手の大丸松坂屋百貨店は年間100万円以上の免税買い上げ実績のある訪日客に通訳アテンド(要予約)の特典がついた専用カードを発行する。
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■快適さに“切れ目” 一つ一つ解消必要
世界の観光業界でも富裕層向けの旅行先として日本が注目され始め、今年2、3月には、富裕層向け観光の商談イベント「インターナショナル・ラグジュアリー・トラベル・マーケット(ILTM)」が初めて東京で開催され、過去最大の159社が参加した。政府も3月にまとめた「明日の日本を支える観光ビジョン」で、富裕層へのプロモーションを主要な視点として盛り込んだ。
ただ今後も日本観光が世界の富裕層需要を取り込むにはハードルが残る。
富裕層は宿泊や移動、食などで普段の生活とあまり遜色ない滞在の快適さを求める。だが現状では高級レストランの料理は新幹線では食べられない。飛行機でファーストクラスに乗っても降りるときにリムジンを横付けできない。つまり富裕層向けサービスが皆無ではないが、“点”での提供にとどまり、快適さに“切れ目”が多いのだ。
今後の鍵を握るのは、切れ目のないサービスの浸透になる。
JR東日本は来年5月から豪華観光電車「トランスイート四季島」を運行させる。出発する上野駅に設置された専用ラウンジや、高級ホテルもかくやという快適な車内、超一流シェフによる料理まで、旅程中に不自由を感じさせないサービスが売りだ。5、6月出発分では、日光や函館を巡る3泊4日コースが最高1人95万円にもかかわらず完売。中には申し込み倍率が76倍の設定日もあった。海外からも中国や香港、韓国を中心に申し込みがあったという。
人材サービスを展開するヒト・コミュニケーションズは海外富裕層をターゲットに、「ジャパンリムジンサービス」を設立、運転手付きリムジンを使ったオーダーメードツアーを提供するサービスに乗り出した。メルセデス・ベンツのリムジンをはじめとする広々とした車内は高速無線LANを完備、多言語対応のコンシェルジュが案内するほか、好きな音楽やアロマまで準備する。リムジンサービスの柿内裕一社長は「日本では午前中のホテルのチェックアウトが多くて荷物が負担になるなど、訪日客が細かな不便を感じているが、これを一つ一つ解消することで好評を得ているようだ。今後も需要は伸びる」と期待感を口にしている。(佐久間修志)
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