なぜソフトバンクが自動運転? 社員が幹部説得、一年で会社設立へ

日本発!起業家の挑戦
SBドライブの佐治友基社長

SBドライブ・佐治友基社長に聞く

 将来、道を走る自動車の数が増えても、その運転席に座るドライバーの数は減っていく。自動運転車はすでに世界中で実験段階を終えて公道を走り始めている。SBドライブの佐治友基社長は、自動運転車の競争において、日本には非常にユニークな優位性があると語る。

 SBドライブは、ソフトバンクと東京大発ベンチャーの先進モビリティが今年4月に設立した合弁会社だ。自動運転技術を生かしてスマートモビリティーサービスの事業化を目指す。

 佐治氏に、ドライバーなしで走行する車の未来についてはもちろん、ソフトバンクがどのように社内でイノベーションを育て、グルーブ会社と連携しているのかを聞いた。

プレゼン大会で披露

 --ソフトバンクが自動運転に関心を持ったのはなぜですか

 「私は大学卒業後の2009年にソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)に入社して、iPhoneの販売戦略などを担当していました。自動運転車は、情報通信機器の一つだと考えています。ソフトバンクには強固な情報通信インフラがあり、セキュリティーや人工知能(AI)、ビッグデータなどに関して深い知見と専門的技術を持っています。そういう点から見れば、ソフトバンクの自動運転車への参入は自然な動きだと思います。私たちの目的は車をつくることではなく、サービスとしての自動運転車実現のために必要なインフラと情報を提供することです」

 --ソフトバンクの一社員が幹部にアイデアを説明した経緯を教えてください。自分を新しい事業運営の先頭に立たせるよう、どうやって説得したのですか

 「昨年、社内で中長期戦略のプレゼン大会が開かれ、数ある応募の中から私の自動運転技術を活用した交通インフラのアイデアが2位になったんです。それから、経営幹部の会議でこの事業を説明し、議論を重ねるようになりました。幹部は素早く決断をして、大会から約1年後に会社設立となりました。驚くほどスムーズでした。私はソフトバンクの後継者発掘・育成プログラムである『ソフトバンクアカデミア』の1期生でもあります。社内にはこうした新しい事業を育てるプログラムがあります」

 --ソフトバンクほどの規模の会社がビジネスアイデアコンテストなどを成功させている例は極めて少ないと思います。何か秘訣(ひけつ)があるのでしょうか

 「幹部や社員がそうしたプログラムに真面目に向き合っている結果だと思います。ソフトバンクグループでは、アイデアが似ていたり、補完的なアイデアを持っている人がいたりすれば、他の部署やグループ会社の人でも積極的に協働することが推奨されています」

 「例えば、SBドライブのチームには、グループ会社のヤフーで自動運転に関する技術開発をしていた技術者や事業アイデアを練っていた担当者が加わってくれました。この事業に対して共通の情熱を持っていたので、チームを組むことは自然な流れでした。それまで一緒に仕事をした経験はありませんでしたが、プレゼン大会がきっかけとなって、声をかけ合いました」

 --自動運転車の技術開発は世界中で進んでいます。テスラ、グーグル、ボルボなどが一歩リードしているように思いますが、日本は世界市場でどのような位置にいますか

 「AIのような技術はほとんどがオープンソースなので競争的優位性はそれほどありません。日本には、地域特有の隙間産業があり、私たちはそうした分野で卓越した力を発揮できると思います。日本の超高齢化が進行する地域を念頭に、私たちは次世代交通システムのあるべき姿を検討することができます。日本の大都市では、狭い道路と車両の増加によって交通渋滞が進み、また駐車をするのもひと苦労です。こうした状況は、ドライバーがいなくても走る自動運転車をテストするのにはもってこいの試験場ともいえるのです」

 --日本でうまくいく自動運転車はどんな先進国でもうまくいく

 「はい。私たちはそう考えています」

 --自動車メーカーは今後もドライバーの苦手な操作をカバーするようなスマート機能を増やしていくのでしょうか。それとも、完全自動運転まで技術が進むと思いますか

 「完全自動運転車に挑戦すべきだと思います。問題は、自動運転のシステムが賢くなればなるほど、ドライバーは怠けものになるということです。システムとドライバーの両方が運転する仕組みは一番難しいと思います」

地方自治体と連携

 --日本では、自動運転車がどのように普及すると予測しますか

 「最初は自動運転のバスが山間部などのコミュニティーで生活の足として導入されると思います。今はドライバーの労働時間などの制約があって不可能ですが、自動運転バスによって、地域によっては24時間運行のバスも出てくるかもしれません。SBドライブは、自動運転技術を活用した地域住民の移動の利便性向上を目的に、複数の地方自治体と連携協定を結んでいます」

 --なるほど。一般車両の交通が少ない地域で、バスは同じルートを何度も往復するため、技術的にシンプルなわけですね。自動運転バスは通常の公共交通では採算の合わないような小さな自治体やコミュニティーにとって経済的な価値が高い事業ですね

 「その通りです。そういった空白地域と呼ばれるところで、自動運転技術を活用することで町ににぎわいが出ればと思います」

 「次に出てくるのが、トラックです。これも最初は交通の少ない地域から。そして、次に自動運転トラックは高速道路での長距離輸送にも使われるようになるでしょう。それから都市部のバス、そして最後に都市部の自動運転タクシーへと向かっていきます。都市部では自動運転タクシーの需要が高いですが、技術的に解決しなければならない課題が多いです。車や歩行者で混雑した狭い道をどこでも走り回り、客を認識し、最短ルートで送り届けなければなりませんから、都市部のタクシーが最後のステップになるでしょう」

日本国外で実証実験

 --自動運転車の実用化については、最大の障害が技術ではなく法整備であったり、責任の所在の明確化であったりします。日本の現状は

 「ゆっくりとではありますが、前進しています。多くの業界団体が、法律を変えるために政府に働きかけていますが、時間はかかります。実際、私たちは実証実験を日本国外でもやろうと試みているんですよ」

 --どのようなプロジェクトですか

 「シンガポールには大きな港が2つあります。シンガポールは新技術に対して積極的なので、法律が問題になりません。そこで2つの港を結ぶ自動運転シャトルの実験ができます。技術的に試験が重要なのは言うまでもありませんが、有効なデータを集めて日本国内の現状を変える後押しになればいいですね」

 --自動運転車に関する現状で一番変えたいことは

 「日本の一般の人たちの自動運転に対する考えです。多くの人は高齢者や子供のためのもので、自分には必要のないものだと思っています。安全性に不安を感じる人も多いです。今後、技術が進めば誰もが自動運転車の恩恵を受けることができます。まったく新しい交通システムの在り方や、本当に利便性が高いとはどういうことなのか理解してもらえればと思います。そうしたサービスを提供するためには、国の垣根も超えて世界的プレーヤーとも協力していきたいと考えています」

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 私が最も驚いたのは、自動運転車の技術の背後にはサンフランシスコや東京といった大都市発の企業があるのに、技術が最初に導入されるのは地方の小規模な町や村落だということである。考えてみれば当たり前のことだ。車の少ない地域の方がより簡単な技術で運行でき、何よりも導入されたときに人々に提供される価値が高い。特に、すでに利便性の高い公共交通網が整備されている日本の大都市よりも、高齢化の進む地方では導入の意義が大きい。

 開発が始まった当初から、近未来的なロボットのイメージがあった自動運転車だが、今後10年間の動向に目をこらしていれば、良い意味で地味で非常に実用的な交通手段として認識されるようになってくるだろう。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/