リコー「触れる絵画」(立体複製画制作技術)

ビジネスのつぼ
リコーが開発した立体複製画制作技術「触れる絵画」。絵の凹凸も再現している

 ■名画の“質感”プリンターで再現

 芸術の秋がやってきた。美術館の展示では作品に触るのは厳禁だが、リコーが開発した「立体複製画制作技術」は、画像解析した絵画の質感をインクジェット、3D印刷で再現し、触って確かめられるようにした画期的な技術だ。従来の複製画のように平面的ではなく、原画の絵の具の盛り上がりや筆のタッチ、キャンバスの生地目などを立体的に再現できる。巨匠たちも真っ青の印刷技術で作られた複製画は、家を美術館に変身させる魔力を秘めている。

 ◆美術の分野に応用

 レオナルド・ダビンチの「モナリザ」の髪に、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」の衣装に触れてみたい-。名画に魅せられ、そんな衝動に駆られる美術ファンは少なくないだろう。

 神奈川県海老名市にあるリコーテクノロジーセンター。応接室で見せてもらったポスト印象派を代表する画家、ゴッホの自画像の複製画は、力強く強烈な色彩と激しい筆触が見事に再現されていた。一見しただけでは、原画と見分けがつかない。

 原画は、ゴッホが精神を病んで自身の耳を刃物で切る前の1887年に描いた作品だ。複製画のゴッホの耳やひげ、帽子を恐る恐る触ってみると、油絵特有のザラザラとした粗い質感が伝わってくる。

 しかし、キャンバスに絵の具を塗ったのではなく、厚さ0.5ミリのプラスチック板にインクを何層も重ねて作ったというのだから、驚きだ。

 「ゴッホの筆遣いはとげとげしく、とても個性的ですが、実はまねがしやすい。私もこの技術の開発に携わってから、絵のことはだいぶ勉強しました」

 そう笑うのは、IJ事業部シニアスペシャリストの灰田一穂さんだ。

 リコーのインクジェット印刷技術は建造、インテリア、住宅の装飾など産業用途で使われ、壁紙や家具に木目などの模様を印刷することができる。立体複製画制作技術はこれを美術の分野に応用したもので、リコーは5年前から開発に取り組んできた。

 印象派など19、20世紀の西洋絵画を代表するゴッホ、モネ、セザンヌ、ルノワール、マティス、ピカソらの日本初公開となる15点を含む52点の名画が披露される「デトロイト美術館展」の東京展(来年1月21日まで、上野の森美術館)では、この技術を使って作られた複製画5作品7点が販売される。

 ◆絵の具の盛り上がり解析

 「美術館が保存している名画は簡単に借りることはできませんから、2次元カメラで撮影した画像データをもとに、絵の具の盛り上がり方を解析する。そして、特殊なインクジェットプリンターで凹凸を作り、着色していくのです」

 使われるインクは、紫外線を当てると瞬時に硬くなり定着する「UVインク」で、水や直射日光にも耐えられる。

 「浮世絵などは水性インクプリンターで簡単に複製できますが、この技術は絵の具を塗り重ねる油絵の複製に適している」

 原画に絵の具が厚く塗られていればいるほど、複製に時間はかかる。巨匠たちの高度な技術は簡単にまねできるものではない。絵の具の盛り上がり方などを間違って認識してしまう場合もあり、原画と照らし合わせながら繰り返し修正し、完成度を高めていくという。

 「色の再現は本当に難しいです」と語るのは、同じくIJ事業部シニアスペシャリストの亀井稔人さん。“強敵”として名前を挙げた画家は「色の魔術師」の異名を持つマティスだ。

 「トルコ石を削って作った特殊な絵の具の『ターコイズ・ブルー』と同じ色を出すのに苦労しました」

 灰田さんも、「セザンヌの『サント・ヴィクトワール山』のぼーっとした感じを再現するのは難しい」と語るが、今後も技術を向上させていきたい考えだ。

 「ゴッホの『夜のカフェテラス』という作品は色のコントラストが著しく、いつか複製に挑戦してみたい」。亀井さんも「絵のひびなども忠実に再現し、アーカイブとして役立つものを作りたい」と意欲を燃やしている。(宇野貴文)

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 ≪企業NOW≫

 ■複合機核に新規事業へ次々参入

 リコーは今年2月、創業80周年を迎えた。あらゆる機器がインターネットで結ばれる「IoT(インターネット・オブ・シングス)」が進むとともに、主力製品の複合機をめぐる環境は大きく変化している。紙に印刷する機能だけでなく、複合機を核としたITサービスなどを提供するほか、新規事業にも次々と参入している。

 4月には、脳の神経活動から生じる生体磁気を計測する脳磁計事業を横河電機から継承。ヘルスケア分野に参入した。

 6月には、病院内で医師、看護師、患者の動きを通信技術を活用して把握できる医療施設向けサービスの提供も開始。屋内位置情報ビジネスにも参入した。

 また7月には、訪日外国人観光客向けに、スマートフォンを活用した主要7カ国語・24時間365日対応の多言語通訳サービスの提供も開始した。

 3Dプリンター事業についても、すでに世界最大手メーカーの米ストラタシスにプリントヘッドを提供しているが、自社で3Dプリンターを製造・販売することも視野に入れて研究を進めている。

 経営理念は、創業者の市村清が定めた「三愛精神」(人を愛し、国を愛し、勤めを愛す)。昨年からは、国内グループ社内での喫煙、就業時間内の喫煙を全面禁止にするなどユニークな社風でもしられる。

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 ■リコー

 【設立】1936年2月

 【本社】東京都中央区銀座8-13-1

 【資本金】1353億円(2016年3月末現在)

 【売上高】2兆2090億円(連結、16年3月期)

 【従業員数】10万9361人(連結、16年3月末現在)

 【事業内容】複合機、プリンター、光学機器、デジタルカメラなどの製造、販売