“リア充”にヒットしてこそVRの未来はある 「VR ZONE」が示したこと
高所に突き出た板の端にいる猫を救い出せ。急斜面のゲレンデを猛スピードで滑り降りろ。現実だったら危険すぎて挑めない体験を、VR(仮想現実)によってさせてくれる施設が、東京・お台場にある「VR ZONE Project i Can」だ。バンダイナムコエンターテインメント企画、ナムコ運営で10月10日まで開かれている。4月のオープンから来場者が途切れない人気の理由は、VRの未来を探る上でとても重要。その一端が開発者から明かされた。
8月末にパシフィコ横浜で開かれたゲーム開発者向けイベントのCEDEC2016。そのカンファレンスに、「VR ZONE」の企画を推進したバンダイナムコエンターテインメントAM事業部エグゼクティブプロデューサーの小山順一●(=朗の旧字体)氏と、アクティビティのディレクションを手がけるAM事業部企画開発1部プロデュース1課マネージャーの田宮幸春氏が登壇した。
数々のゲーム開発に携わってきた小山氏が「VR ZONE」を立ちあげたのは、「エンターテインメントで世の中を湧かせてみたい」という理由から。VRならその可能性を追求できるのではと考えた。もっとも、1990年代に登場した、現代のものとは性能的に劣る数々のVRを経験して「取締役にはVR絶望世代が多かった」と小山氏。ゴーサインが出づらい中で「人気と儲けの可能性を証明するしかない」と思い、VRにもそれほど関心を抱かない人たちを面白がらせる施設を作ろうとした。
そこで掲げられた目標が、「VRに関心無いリア充男女に事前予約しないと入れない観光客だらけのお台場の店舗に平日も(仕事や学校を休ませて)来店頂き3000円以上利用して頂く」というもの。VRという最先端テクノロジーが使われたエンターテイメント施設として浮かぶターゲットとはかけ離れた層で、「このハードルを越えたら、さすがにVRエンタメを無視できなくなるだろう」と考えた。
次の課題が「VRで何をやるか」ということ。「VR未体験のターゲットが挑戦してみたくなるもの。アトラクションでもなくゲームでもなく、大人がやりたくてもできないという問題を抱えた体験を、実際のように体験できるもの」といったコンセプトが浮かんできた。
高い場所に突き出た板を渡るのも、急斜面を滑り降りるのも、時間やお金をかければやれることだが、普通に暮らしている人ではなかなか挑戦できない。命の危険すらある。「それがVRだったらできるという軸を作った」と田宮氏は振り返る。
そうしたコンセプトから生まれたVRアクティビティが、本当に面白いのかを説明するのも大変だった。「板を渡ります、戻ります」という企画書を読んで、どういう内容かを想像することは難しいからだ。それが、制作中の「高所恐怖SHOW」をプレーしている人の姿を映像に撮り、真剣に驚いている姿を見てもらったことで、興味を持たれるようになった。
ゴーサインが出て、開発が進み店舗も決まって4月にオープン。その結果は、「20歳から29歳といった層がテーマパーク感覚で来てくれた。始まった頃は、平日は取材やVR関係の人が多かったが、土日にはそういった方やファミリー層が来て、今はリア充層が来てくれている」と小山氏。目標は見事にクリアされた。
アクティビティでは、高い場所でネコを助ける「高所恐怖SHOW」や、チームを組んで廃墟となった病院を進むホラーVR「閉鎖病棟Ω」が人気となる一方で、山手線を運転する「トレインマスター」や、自動車でサーキットを走る「リアルドライブ」といったシミュレーター系の人気が低い。これには、キャッチコピーで「さあ、取り乱せ」という言葉を使ったことがあるからと田宮氏。「ワーワーキャーキャー言いたいコンテンツに優位性がある」と分析する。
場所を移し、ラゾーナ川崎のアミューズメント施設に置いた「リアルドライブ」が、子どもから高齢者まで広い人気を得た状況は、置き場所やプロモーションの仕方で、利用者層に変化が出ることを証明している。誰に向けて何をどこに置くか。そうした選択が必要なようだ。
また、同じ「高所恐怖SHOW」でも「怖い!」と感じる人もいれば「怖くない!」と思う人もいて個人差があるという。「同じコンテンツなら再現度は一定。差があるのは『VR共感力』」と小山氏。「実在感が発生して怖いとなる。そうでない人にはコンテンツが届いておらず、怖くないという反応になる」という。
「VR共感力」には増やす要素と減らす要素がある。その状況やテーマについて、実際の経験が豊富な人ほど怖がる。「『高所恐怖SHOW』では、舞台装置の上で作業している人が、扉開いた瞬間にギブアップ」したという。体験が仮想であっても状況への恐怖感を誘うらしい。
逆に減る要素は「VR擦れ。慣れてしまっている。理屈でこういうことが起こると理解しながらやっている」。仕事で来ている人にそういった反応があるらしい。「楽しもうと思う人は楽しめる。この状況に夢中になっているかがリアリティにつながる」。斜に構えた人でも、夢中にさせるような仕掛けがVRには必要だといえそうだ。
20代や30代が圧倒的に多かった「VR ZONE」に、テレビアニメーション「装甲騎兵ボトムズ」を題材にしたアクティビティが導入されて起こったことも、VRコンテンツの市場を見る上で参考になりそうだ。当初は「VRをやらせる力として、テーマが強いのかIP(知的財産)の力なのか不明になる」と、キャラクター性を持ったアクティビティを置かなかった。
運営が軌道に乗り、小山氏が「自分が好きだからやらせて欲しい」と「ボトムズ」を設置すると、40代を中心としたボトムズ世代が訪れるようになった。
「ボトムズが目的で来た人が、バーチャル世代になってくれる」。そんな期待が生まれた。さらに8月26日からは、あの「機動戦士ガンダム」を題材にした「VRガンダムVR ダイバ強襲」が登場。国内でも有数のIPで引きつけ、あり得ない体験をさせることによってVRへの理解を大きく広げ、他のもやってみたいと思わせている。
こうした連鎖をうまく繋げていくことで、VRという今までになかったエンターテインメントでありアトラクションを、広く普及させていけるのかもしれない。
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