起業家の視点で政府に提言
日本発!起業家の挑戦□内閣府参与・インテカー代表 齋藤ウィリアム浩幸氏に聞く
日本の政府機関以上に変化やディスラプト(破壊)に抵抗する組織は珍しい。しかし、コンサルタント会社インテカー(東京都千代田区)の代表である齋藤ウィリアム浩幸氏は、官僚制にイノベーションをもたらすことを目指し、驚くべきことに成果を上げている。内閣府参与として、スタートアップ創業者の視点や知見を日本の公的な課題解決に生かそうと取り組む齋藤氏の背景に迫った。
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--若くして起業の世界に飛び込んだとか。最初の起業は
「高校生のときです。オタクはかっこいいとはいえませんでしたが、小学生の頃からコンピューターを使い始め、大人がお金を払って使いたい物が生み出せることに驚き、夢中になりました。当時は、それが革命的なコンセプトだったのです。私の事業経営のアプローチは、ある意味当時とそれほど変わっていません。世の中に価値を増やす物を作るのが好きなんです。肩書やCEO(最高経営責任者)という立場が大きな意味を持ったことはありません。価値の創造こそすべてです」
--起業家としての道を大学、医科大学院時代も歩み続けましたね。医学生が企業経営も同時にこなすなど想像もできませんよ
「日本から米国に渡った日系1世の両親は、私に医師になってほしいと強く願っていました。それも悪くないと思っていたのですが、医療に情熱を傾けられず、これは私の進むべき道ではないと分かりました。でも、大学院を修了し、丸一日は医師として働いたこともあるので、両親に願い通り医師になったよと言っても嘘にはなりませんでした」
--ご両親が思い描いていた医師とは違うかもしれませんね(笑)。その後、スタートアップの経営に集中したのですね
「その通りです。さまざまなソフトウエアや指紋認証システムを開発していましたが、実は6回も倒産寸前に追い込まれました。その度にサービスの方向転換をして、それまで開発してきたものを別の目的のために作りかえました。最終的には、生体認証暗号システムを完成し、このシステムで知られるようになりました」
◆98%が激務
--スタートアップ界でよく言われるフェイルファスト(早く多く失敗する)、フェイルフォワード(失敗しても前を向く)とは少し異なる姿勢ですね
「スタートアップ界の文化が変わったのか、私の性格が珍しいのか分かりませんが、多くの人が会社を経営することについて誤解していると感じます。起業は一種のゲームのようなもので、宝くじに当たったかのようにIPO(新規株式公開)するか、数年後に操業を停止して次に進むかのいずれかだと思われています。しかし、起業は98%が激務で、暗く、厳しいのが現実です。醜い現実をいかに乗り越えるかが、その後の成功を左右するのです」
--マイクロソフトに会社を売却後、資金やコネクションが十分にあり、まだ若かったのに、米国で次の会社を起こさず、ご両親の祖国である日本に拠点を移したのはなぜですか
「大学院に行って、会社を経営してから、私は大人として人生をただ楽しむことをしてこなかったと感じました。それで、旅行したり、プールサイドに寝そべってマルガリータを飲んだりするような生活をしてみました」
--楽しめましたか
「リラックスすることに失敗してしまいました。1年たたないうちにそんな生活は巷(ちまた)で言われるほど素晴らしいものではないと思いました。10代のときに成功できたのは、日本企業がチャンスを与えてくれたからだという事実について考えたとき、今の日本のティーンエージャーが同じような機会を得られていないことに気付きました。それで、日本で引退生活を送りながらベンチャーキャピタリストになろうと決めたんです」
--忙しい引退生活を送っていますね
「そうですね。結局、私は働いていないとやっていられない性分なようです」
◆国会事故調で関心
--日本政府と働くことになったきっかけは
「3・11の東日本大震災後、私の医科大学院時代の教授が、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員長に任命され、私はそこの事務局でIT周りの設備構築などを手伝いました。この委員会は、日本の憲政史上初めて、国会が法律に基づいて設けたもので、政府からも事業者からも独立して設置されました。委員長に就いた黒川清教授は、外部の専門家や参与を必要なだけ招いて、調査を正しく終わらせることを強く要求しました。私にとっても最も難しい仕事でした。時間は限られていましたし、ご想像のとおり、守勢に立って詳細な調査を避けようとする関係者がいましたから。国会事故調は、最終的に国会やそこに関わる職員の人からの関心を集め、私たちの使った手法を採用しようとする動きも見られました」
--決定権のあるスタートアップ経営者から、公務員と仕事をする立場への変化は難しかったのでは。起業家と公務員は対極にあるように感じます
「顧客にスタートアップの製品を買ってくれるよう説得するのも、公務員や政治家に私たちのアイデアを採用するよう説得するのも、私にとっては同じ問題解決です。保守的に考えるのは彼らの仕事でもあります。ほとんどの場合はそれが良い方向に働きますが、日本の国会とそこに関わる人々の考えは硬直化しています。事務的なやり方ひとつとっても、誰もが変化が必要であることを認めていたとしても、変えることが難しいのです。職員が良かれと思ってやっていることが、硬直化したシステムのせいで問題になってしまうことがあります」
◆大きな変化期待せず
--政府がスタートアップのように柔軟に考えられるように導くにはどうすればよいのでしょう
「大きな変化を期待してはいけません。一番効果的なのは政府機関が外部の参与やコンサルタントをもっと積極的に活用していくことかもしれません。イノベーションや新しいアイデアが産業界・社会・政府の間を今よりも自由に流れるようになるでしょう。欧米では、民間と政府の仕事を渡り歩くことも一般的ですが、日本ではまだまだ少なく、そのようなキャリア選択はあまり認められていません」
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日本政府の変化は日本社会全体の変化に比べてかなり遅いと言わざるをえない。過去数十年を振り返ると、民間企業では外部のコンサルタントを招聘(しょうへい)したり、中途採用を行ったりするなど、事業経営がオープンになってきた印象がある。
もしかするとあと数十年もすれば、日本政府、あるいは地方自治体が企業と同じような手法を試し、経済問題や少子高齢化などの諸課題の解決に革新的なアイデアが採用されるようになる日が来るかもしれない。
文:ティム・ロメロ
訳:堀まどか
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【プロフィル】ティム・ロメロ
米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/
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