技能伝承へ「鉄鋼女子」を育成 採用作業員10%超、保育所など環境整備

 
富永莉穂さんはクレーンで鋼板を運ぶ仕事についている=茨城県鹿嶋市の新日鉄住金鹿島製鉄所

 鉄鋼大手が女性の採用を増やしている。「男の職場」のイメージが強い製鉄所でも、最近は女性の姿が目立つ。子育てと仕事を両立できるよう、職場環境の整備にも取り組み始めた。鉄鋼業界も他業界と同じく、人手不足に直面している。それに加えて、「技能伝承」という業界特有の問題が各社を積極姿勢に転換させた。

 クレーンも夜勤も

 茨城県鹿嶋市の新日鉄住金鹿島製鉄所。製造ラインを流れてきた巨大な鋼板が、強力な磁石のついた「パイラークレーン」で巧みにつり上げられ、倉庫に送り出されていく。

 鋼板は何枚も重なっていて、引き上げる数に応じて磁力を変える必要がある。左手で磁力を微妙に調節しつつ、右手でクレーンを操作しなければならないが、富永莉穂さんは新人とは思えぬ落ち着いた様子でこなしていく。

 その細やかな操作ぶりを、同じチームの男性社員は「やさしいクレーン」と褒めたたえる。

 富永さんは、地元の高校を卒業後、「体を動かす仕事がしたい」と昨年4月に同製鉄所へ入社。3カ月の研修を経て、液化天然ガス(LNG)タンクなどに使う鋼板を作る厚板工場へ配属された。クレーン操作以外にも、出荷前の鋼板が曲がっていないか検査する最後の工程を任され、男性従業員と同じく夜間勤務をこなす。

 「以前は尻込みしていたが、ものすごく成長している」。指導役を務める羽生光さんはそう言って目を細める。羽生さんは現場を知り尽くす勤続46年の大ベテランだ。

 鹿島製鉄所では、5年前まで事務職以外の女性がゼロに等しかった。それが今や82人まで増え、うち半数が夜間勤務に従事している。製鉄所全体で3000人の現場作業員がいることからすればまだまだ少ないが、その数は着実に増えている。

 新日鉄住金は鹿島製鉄所に限らず、女性採用を全社的に増やしてきた。今年4月に入社した現場作業員1420人のうち、女性は228人と10%を超える。

 現場の女性採用は、他の鉄鋼大手も増やしている。JFEスチールは、ここ2年連続で採用を倍増させてきた。神戸製鋼所も、4月に入社した現場女性は19人とそれ以前の5人程度から大幅に増え、割合も2%から10.7%に高まった。

 問題なく対応

 業界では、団塊世代の退職が5年ほど前に始まり、今後5年もこうした動きが続くとみられている。新日鉄住金の場合、その間に現場の3分の1程度が入れ替わるとみられている。

 幅広い製品を扱う製鉄所の仕事は、単純作業とはいかないうえ、「作業員同士の連携、コミュニケーションが不可欠」(羽生さん)。このため、日本語が不得意な外国人には難しい。仕事内容によっては、一定の技能を身につけるのに数年かかるとされ、不足に応じて人員を補充することもしづらい。

 新日鉄住金の内田秀治人事労政部人事企画室長は「技能伝承を確かなものとし、競争力を維持・向上させるには、女性の力が不可欠」と言い切る。

 内田人事企画室長によると、当初は「体が資本の仕事なのにこなせるのか」などと反対する声もあったという。だがフタを開けてみれば、重い物を運ぶ作業などを除けば問題なく対応している。「検査など、細かい点に気が届く女性が生きる仕事もある」という。

 ただ、女性の場合、出産・子育てを経験し、仕事との両立が難しいようだと職場復帰せずに退職してしまう可能性がある。そうなれば、せっかく身についた技能も途切れかねない。

 そこで各社は環境整備に力を入れ始めた。新日鉄住金は今年4月、大分製鉄所(大分市)に同社初となる24時間対応の企業内保育所を開設。JFEスチールも、来年4月に東日本製鉄所千葉地区(千葉市)で開設を予定している。神戸製鋼所は兵庫県加古川市の加古川製鉄所で開設済みだ。

 業界には、かつてない国際競争の波が押し寄せている。中国勢の過剰生産で国際市況が大幅に悪化する中、海外大手のほぼ全社が赤字に陥っている。日本メーカーの業績は比較的堅調だが、それでも2016年3月期は大幅に利益を減らした。新日鉄住金の進藤孝生社長は、国際競争を乗り切るために「技術、コスト、グローバルで優位性を築く」と強調する。その土台となるのが人材だ。「現場力」の向上は、女性の双肩にかかっている。(井田通人)