工場停止、トヨタ再び正念場

高論卓説

 ■地震大国での自動車生産 試される復元力

 4月14日の震度7の地震は、実は前震。16日土曜未明に襲ったのが熊本、大分で続いている地震の本震だった。週が明けると、続々と自動車や電機などの工場の操業休止が決定された。本震後の断続的な地震によって、広い範囲でサプライチェーン(部品供給網)への影響が拡大し、産業界への影響も甚大となる公算が高まっている。

 1次サプライヤーに限らず、被害は2次・3次サプライヤーにも拡大した。交通網寸断、電気供給停止などのインフラ被害が調達活動の困難に拍車をかけている。本震から数日しかたっていない今は、人命救助とライフライン確保が最優先の課題だ。自動車生産に対する本質的影響を測れる状況にはないが、想像以上に影響が拡大するリスクを認識せざるを得ない。

 トヨタ自動車への影響が甚大だ。15、16日に続き、18日以降もトヨタ自動車九州の2製造ラインを停止した。これに加え、19日から国内主力工場17ライン、20日から4ライン、22日から3ラインを休止させ、国内30ラインのうち、合計26ラインが停止する。決定部分だけで約6万台の生産台数を喪失する計算だ。もし、この操業状態が来週を通して続けば、さらに9万台を喪失するリスクがある。

 2月の愛知製鋼の工場火災では6日間の操業停止に追い込まれ、約9万台の生産台数を喪失した。直接的な限界利益の喪失は600億円程度だが、復旧に向けた諸費用を合わせれば、900億円近くの利益減少に結びついた様子だ。今回は、今週分の6万台で500億~600億円、来週も生産停止が続けば合計で1200億~1300億円の減益要因となる。生産の挽回が進めば、喪失した限界利益は回復できるが、使ってしまった諸費用は元に戻らない。

 「東日本大震災を機に学んだBCP(事業継続計画)対策が生かされているのか?」「(必要な量を必要な時に調達する)ジャスト・イン・タイムを基本とするトヨタ生産システムの弱点」という声が聞かれるが、現段階では、的を射た指摘とは思われない。

 BCP対策として1次サプライヤーへの発注を複線化することは従前から当たり前であったが、東日本大震災は半導体や塗料など2次・3次サプライヤー段階で再び単線化していることを浮き彫りにした。この反省に立ち、現在では2次・3次サプライヤーまで、しっかりと複線発注ルートを整備済みだ。

 BCP対策の成果が試されるのは、現地の被災者のライフラインを優先的に確保し、交通網などのインフラ復旧が望める段階に差しかかったときだろう。型・治具の搬送よりも、今は人命優先だ。バックアップ機能が動き出すにも、一定の時間を要する。そうした状況下で、部品供給体制の情報確認を進めるため、まずは工場稼働を停止させるところに、慎重を期して行動するトヨタの姿勢を見ることができる。

 トヨタ生産システムが、国内自動車産業の国際競争力を生み出す大切な要素であることに疑いはない。根底を支えるのが、ものづくりを支える愚直で優良な人的資源である。若者のものづくり離れや労働人口の減少は、ものづくりを基盤とする将来の国際競争力維持への多大な不安要素だ。熊本・大分地域が、良質な労働力を有し、その成果が自動車の国際競争力を支える大切な一翼を担ってきたことを改めて認識せざるを得ない。

 ものづくりの根底を支える生産活動は、地震大国であるわが国のさまざまな地域に根付いている。予期しない大地震が自動車生産活動に影響を及ぼすリスクは常にある。大切なことは復元力であり、皆が協力を惜しまずにものづくりをつなごうとする思いではないか。

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【プロフィル】中西孝樹

 なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト 米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立し代表就任(現職)。著書に「トヨタ対VW」など。