AI開発に中国本腰、日本人研究者に“触手” 実態や実力はまだ未知数

 

 人間の知能の働きを再現するコンピューター「人工知能(AI)」の開発に中国が本腰を入れ始めた。次世代の「産業革命」を起こす潜在力を秘めているとされ、世界中で開発競争が繰り広げられるなか、中国がターゲットにするのは「大学入試」だ。入試はAIの性能を証明する領域でもあり、すでに研究協力に“触手”を伸ばされた日本人研究者もいる。ただ、中国では最近になって、AI研究のデータに不正が発覚する不祥事が表面化。その実力には疑問もつきまとう。謎のベールに包まれた研究の実態とは-。

 3年間に30億円

 人間の頭脳の働きを、そのまま再現するコンピューター、AIの開発は実現すれば産業界のみにならず、あらゆる人間の営みに波及するだけに、近年、科学大国・米国をはじめ欧州や日本でも急速に開発競争が激化している。

 そこへ参戦してきたのが中国だ。ターゲットは、AIの性能を明瞭に証明できる「大学入試」の領域とされる。

 中国政府は国家プロジェクトと位置づけて開発に着手。国内のみならず、国外の研究者にも協力の打診を進めている。もちろん日本も例外ではない。

 文部科学省の外郭団体「国立情報学研究所」(東京)の新井紀子・社会共有知研究センター長も、打診を受けた一人だ。今年5月末、中国側から研究に協力を呼びかけるメールが届いた。そこには、中国が開発にかける資金が3年間で30億円と具体的に書かれていた。

 さらに中国のAIのベンチャー企業や有名大学なども数多く参加して開発を進めており、最終的には中国の学力上位20大学への合格を目指していると記されていた。

 政府の強い意向

 中国の政府系機関紙「人民日報」のニュースサイト「人民網」によると、中国政府は、高度なAI開発を目的とした「中国脳計画」に本格的に乗り出している。

 人民網では、AIの国際開発競争が近年激化していることを踏まえ、「中国政府も脳の研究を重視しており、関連計画を論証中」と指摘。特にAIの研究では「人工知能フレームワーク・アルゴリズム・システムを提唱し実現する」としている。

 さらに中国の科学研究の最高機関メンバー、中国科学院士のコメントとして、「人工頭脳の研究は、すでに主要先進国の戦略的行為。中国は人工知能の発展を加速し、新たな産業革命の要衝を占めるべきだ」とする提言も紹介。開発にかける中国政府の強い意向をにじませた。

 データに不正?

 その中国などが強力に推し進めるAIが仮に将来、完成した場合、その影響は計り知れない。

 新井センター長が描いてみせる、恐るべき未来像のひとつが「ロボットに代替されるホワイトカラー」というシナリオだ。

 新井センター長によると、日本の場合、AIに大学入試の模擬試験を受けさせたところ、偏差値は現状、各科目50程度ぐらいという。

 新井センター長は「偏差値53へ到達するのは予想の範囲内。将来55を超えるか、60近くになるかで近未来の社会は違ってくる」としたうえで、「いずれにせよ、大企業は2つの道を迫られる」と想定する。

 第1のシナリオが「雇用を守り、国際競争力を失う」、第2のシナリオが「雇用を人工知能で中抜きする」だ。

 後者こそ、AIがホワイトカラーの仕事を奪っていくシナリオで、新井センター長は具体的に、総務や財務管理などの仕事を想定。AIで代替すれば「コストを圧縮できる」としている。

 つまり将来、いくら家庭で教育費をかけても偏差値が上がらない人は、職に就けない危険性が現実味を帯びてくる。

 新井センター長は「高等教育への家庭の投資が控えられ、進学率低下を招く恐れもある」とし、「国として、リスクを小さくするデザインが問われている」と警鐘を鳴らす。

 不正発覚で実力に疑問も

 ただ最近、AI開発に重点を置く中国に、その性能を疑わせる不祥事が発覚した。

 ウォール・ストリート・ジャーナルによると、AI研究で知られる中国のネット検索大手・百度(バイドゥ)は6月、AIに関する性能テストで、自社の性能がライバル社の米国のグーグル社やマイクロソフト社を超えたと発表していた論文について、「誤解を与えるものだった」と謝罪したという。

 テストは、1週間に2回受けることが認められているが、百度は認められた以上のテストをする不正を働いたと、監督したボランティアの科学者が報告したというのだ。3月に5日間で40回以上のテストを受けるなど、6カ月間のテスト回数が約200回に達していたとしている。

 中国がAIの開発に本腰を入れているのは間違いないが、その実態や実力は、まだ未知数なところも多いようだ。