「熟練の技」障害者へ伝承 オーダーメードスーツ縫製で「共生」社会へ

    働くことが可能な障害者は全国に377万人以上。そのうち一般企業で働く人は59万人以上(ともに厚生労働省調べ)とされるなか、企業以外に就労の場を広げる動きが活発化している。国の定める就労支援サービスを活用し、利用者に対応した事業を展開。オーダーメードスーツの縫製という熟練の技を伝授し、業界の人手不足も解消しようという実践的な試みも始まっている。障害者らが就労する事業所では事業領域が多彩になっており、いきいきと働ける場をつくる取り組みが続いている。

    ベテラン職人からスーツ縫製の指導を受ける利用者ら=大阪府八尾市
    ベテラン職人からスーツ縫製の指導を受ける利用者ら=大阪府八尾市

    職人が指導

    ひと針ひと針、手縫いで仕立てるオーダーメードスーツ。「NPO法人テイラーズ・ギルド」(大阪府八尾市)は、その縫製技術を中心に就労を支援する。国の就労支援サービスで「就労継続支援A型」に位置づけられる事業所だ。

    入居するビルの部屋に入ると、利用者たちが作業台に向かい、ズボンの表地と裏地を合わせたり、上着のボタンホールを作ったりしていた。

    同団体は平成26年10月に設立。縫製部には10~60代の男女約30人が働く。テーラー歴50年以上の職人の指導を受け基本的な縫い方を学び、カリキュラムに沿って技術を習得する。

    一般の縫製と違い、スーツ縫製で重要視されるのは、縫う際に指を痛めないようにつける「指ぬき」の使い方。これが意外と難しい。指ぬきで針を押せないと、厚物のスーツになった途端、縫えなくなってしまう。習得に時間がかかる分、一度身につけた技能は大きな財産になるという。

    「昨日できなかったことが今日できるようになるとか、そういうことがはっきりしている世界。ものづくりや技術職は誰にでも向くというわけではないが、手に職をつけることで仕事にやりがいを感じてほしい」と、理事長の森川仁雄さん(41)は話す。

    後継者不足

    就労支援の事業所としては珍しいスーツ縫製を手がけた狙いは2つある。

    一つは、スーツを仕立てる職人の高齢化や後継者不足。森川さんはオーダーのシャツやスーツの卸売業を営んでおり「フルオーダーのスーツ職人が引退したら、大切な技術が途絶えてしまうかも」と危機感を抱いていた。技術を習得し「縫製職人になりたいと言ってくれる人がいるかもしれない」と考えた。

    また、障害者が手に職をつける事業をしたいとの思いもあった。A型事業所を運営する知人から「障害者らの仕事の選択肢を広げたい」と相談を受けたこともきっかけになったという。A型事業所は障害者らが「雇用契約」を結び、最低賃金以上の給与を受けて働く。企業により近い形の事業所で、仕事の幅を広げる必要もあった。

    利用者の多くは発達障害や鬱病などがある。最初は仕事で針を持つのはほぼ初めてという人ばかりだったが、職人に教わりながら各パーツの縫製を修練し、今ではズボンなら一人で製作できる利用者もいる。

    聴覚に障害がある女性(55)は「6年になりますが、まだまだです。ひたすら縫っているときが楽しい」と話し、高次機能障害の男性(52)は「やっていて面白い。針を動かす練習をしないとすぐ下手になってしまう。まだ自分の洋服しか作ったことがないので、早くお客さんのスーツを縫えるようになりたい」と意気込む。

    森川さんは「障害をお持ちの方には仕事の選択肢が少ない。きちんとキャリアを形成できたら、パソコンやプログラミングなど選択肢が広がる。チャレンジしてみたいと思えるよう、仕事の幅を増やすのが私の仕事」と力を込める。

    ■コーヒー豆で広がる世界

    「おいしく、売れるコーヒーを提供する」

    大阪府池田市にある「あいあい」は昨年6月、高品質コーヒーの専門店「池田焙煎工房」をオープンした。利用者18人がコーヒー豆の選別や袋詰め作業などを行っている。

    あいあいは「就労継続支援B型」の事業所で、A型と違い雇用契約は結ばず、作業に応じた工賃で就労する。体調などに合わせ柔軟に就労できるメリットがある。

    福祉の作業所は、障害者の居場所としての機能を重視する向きもあるというが「おいしく、売れるコーヒー」という仕事の充実感を追求したという。

    品質の安定と作業の安全確保のため、直火ではなく細かな条件設定で自動制御できる熱風式の焙煎機を採用。コロンビアやブラジルなど世界中から厳選した豆を使い、利用者が虫食いやカビがないか一粒ずつ選別する。店頭やインターネットで販売し、品質が好評だ。

    「1年たってやっと動き出したという感じ」と施設長の田澤義政さん(56)。昨年11月には、地元の原木シイタケの生産者らと提携し、乾燥させ粉末にしたシイタケを配合したコーヒーも売り出した。

    3月から働き始めた女性(33)は、職場の人間関係が原因で4年間引きこもりとなったが「割とこういう作業が好き」と週4回通っている。

    田澤さんは「最初は不安ばかりだったが、ここに来ることによって生活のリズムが整い、薬を減らされた方も多い。楽しそうに仕事をしているのを見ると、やってよかったと思う」と話す。

    新たな出店も目指しているほか、ドライフラワーの販売などさらに事業領域を広げていく考えだ。(上岡由美)


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