大学の特定の学部にアスリートが集中してクラスタ(集団)を作る「アカデミック・クラスタリング」が、日本でも起きていることが日本経済大学経済学部健康スポーツ経営学科の八尋(やひろ)風太助教と九州産業大学人間科学部の萩原悟一准教授の研究で明らかになった。研究論文はデジタル領域の学術論文を掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開している。
デュアルキャリアの妨げに
「あの教授の講義はラクショー(楽勝)だからおすすめだよ」
例えば大学のサークルで、単位を取りやすい授業の情報が共有されたとする。こうした知見が代々、先輩から後輩へ伝えられると、特定の授業を選択する学生のうち、このサークルのメンバーが一定数を占めるようになる可能性があるだろう。
一般的に、先輩たちの助言で授業を選択すること自体は学生の将来や進路を大きく左右しないかもしれない。しかし、学生アスリートが特定の専攻に“誘導”されることは、競技生活ができる期間を人生の一部としてとらえてトレーニングと学業などを組み合わせることでキャリア形成を図る「デュアルキャリア」の障壁になると同論文は指摘する。
2000年代に発表された先行研究で、米大学のアメリカンフットボール選手たちが「難易度が低い専攻」「学生アスリートが多い専攻」などに集中するというアカデミック・クラスタリングが起きていることが報告されていた。だが、日本では同様の調査をした研究がほとんど進んでいなかったため、国内のアカデミック・クラスタリングの実態が把握できていなかった。
八尋助教と萩原准教授は12年のロンドン五輪、16年のリオ五輪、21年の東京五輪に選手として登録されたアスリートのうち「現在大学生あるいは過去に大学に所属していた(中途退学を含む)者」を「大学生アスリート経験者」と定義して調査を実施。所属学部や五輪での成績などを調べた。
日本代表選手のうち大学生アスリート経験者は、男女合わせてロンドン五輪で293人中215人(73.4%)、リオ五輪で338人中249人(73.7%)、東京五輪で583人中420人(72.0%)だった。
所属学部を教育大手ベネッセの学部分類を参考に調べると、3大会すべてにおいて「体育・健康学・人間科学」が最多でロンドン五輪が103人(47.9%)、リオ五輪が122人(49.0%)、東京五輪では224人(53.3%)。いずれの大会でもスポーツに関連のある学部が約半数を占めていたことが分かった。
さらに2位が「経済・経営・商学」、3位が「法学・政治学」、4位以下の学部はいずれも5%未満という結果も3大会で共通していたことなどを踏まえて、同論文は「(日本でも)アカデミック・クラスタリングが慣習化しつつあることが明らか」との見方を示している。米国の全米大学体育協会(NCAA)では、選手が試合や練習に参加するには大学の成績を数値化したGPA(Grade Point Average)を一定基準で維持するなどの条件があるためアカデミック・クラスタリングが慣習化したと指摘されているが、日本ではNCAAのようなルールがないにもかかわらず同様の現象が起きているという。
また、各大会での結果について調べると、金メダルを獲得した大学生アスリート経験者はロンドン五輪で6人(出場した大会の日本代表の2.8%)、リオ五輪で12人(同4.8%)、東京五輪で31人(同7.4%)。複数のメダルを獲得したのはロンドン五輪で5人(同2.3%)、リオ五輪で4人(同1.6%)、東京五輪で6人(同1.4%)だった。
これらの調査結果を受けて同論文は、大学に進学するアスリートは増加しているもののアカデミック・クラスタリングの傾向が明らかだとして「トップレベルのアスリートにおいては、デュアルキャリア形成が進んでいないと考えられる」と結論づけている。
アカデミック・クラスタリングの改善策としては、選手がオンライン授業を活用してさまざまな授業を受けることや、ジュニア期からデュアルキャリアとセカンドキャリアの指導を受けることを挙げた。大学側については、大学生アスリートが選べる学部を増やすなどの制度を整える必要があると訴えた。