日本の安全保障技術は世界から取り残されている。元外交官で同志社大学特別客員教授の兼原信克さんは「政府は安全保障に転用できる民間の先端技術を把握しておらず、米中のほうがよほど詳しい。大学などの研究機関と連携する予算も仕組みもないため、安全保障と科学技術がほとんど遮断されてしまっている」という--。(※本稿は、兼原信克『日本の対中大戦略』(PHP新書)の一部を再編集したものです)
中国への武器技術に危機感を持ち始めたアメリカ
政府の中で経済安全保障問題が急浮上したのには、二つの出来事が重なっていた。一つは、対中機微技術流出阻止問題である。
数年前、私がまだ総理官邸で執務している頃、畏友の柳瀬唯夫経済産業審議官(以下、役職は当時のもの)が飛び込んできて「米国の動きが変わってきた。対応しないといけない」と言ったのが最初である。当時、トランプ政権は、急激に対中強硬策に舵を切りつつあり、そこで米国の安全保障上の優位を脅かすような対中武器技術については流出を阻止すると言い始めていた。
米国は、矢継ぎ早の措置を繰り出し、例えば米国製の最新半導体製造装置で作った最先端の半導体をファーウェイ等の中国軍と関係のある企業に売却してはいけない、第三国企業による転売も許さないと言い始めた。
中国企業によるニューヨークでのドル建ての資金調達や中国人留学生の受け入れも格段に厳しくなった。人民解放軍と何らかの関係があれば留学を拒否される。また、米エネルギー省は中国から研究資金を受け取った米国人研究者を政府の公的研究補助から排除するとの方針を明らかにした。米中両方から研究資金を受け取っていたハーバード大学の教授が詐欺罪で逮捕される事態にまでなった。
米国や中国のほうが日本の機微技術に詳しい
日本では、当時まだNSC(国家安全保障会議)に経済班がなく、杉田和博内閣官房副長官、古谷一之内閣官房副長官補(内政)の力を借りて、全省庁に対し、米国が気にしているような対中機微技術の洗い出しをお願いした。そもそも日本全体にどのような技術があるか、その全貌が分からなかったのである。作業は、まず、日本自身の技術を「知る」ところから始まった。
その結果が驚きであった。流石に日本であり、大概の技術はあることが分かった。しかし、担当の省庁のほとんどが「これがどうして軍事的に機微なんですか」と聞いてくる。軍事転用なんて考えたこともないから、何が危ないか分からないというのである。
そこで防衛省に聞くと「雀の涙の研究開発予算(2000億円)であり、防衛装備の研究開発で手いっぱいで、民生技術を見ている余裕がない」という。ある日、弾道ミサイルの話を安倍総理のところで話していると、防衛省幹部が「日本には成層圏再突入技術がないので、日本は持てないのです」と述べると、総理は「じゃあ、はやぶさはどうやって地球に帰ってきたんだ」と笑っておられた。日本の民生技術を見ていないのだと思った。そんなこんなで、結局、何も分からないということが分かった。
米国や中国のほうがよほど日本の機微技術に詳しいらしいということになった。これでは「守る」どころの話ではない