評者の知人に霊感の強い人がおり、「自分が死んだことが分かっていない人が、この世をさまよっている」「死者の意識(霊、魂ともいう)が自分の身体に入ろうとするので、『蓋』を開け閉めして、入らないようにする」といった話を十数年前からよく聞かされていた。本書にも同じことが書かれている。
本書は、高村英(えい)さんという、宮城県の20代の女性が、東日本大震災で亡くなった人たちなど、30人以上の人間や動物の意識に身体の中に入られ、それを同県栗原市にある曹洞宗の古刹(こさつ)、通大寺の金田諦應(たいおう)住職が浄霊した際の記録である。
ベテランのノンフィクション作家である著者は、あえて霊の存在うんぬんは議論せず、起きた事実を極力正確に記録し、将来の問題解明に役立てようとしている。そのために、高村さんと金田住職から別々に話を聴き、内容を突き合わせることで、真実性の担保を試みている。また浄霊は医療者や宗教者など何人もの第三者が立ち会っていること、80代の漁師だった老人の意識に入られた高村さんが、知るはずのない南三陸の古い方言で話したこと、ごく普通の女性である高村さんが、震災で餓死した犬の意識に入られ、屈強な大人3人をふっ飛ばしたことなどが説得性を補強する。
高村さんの口を借りて、この世への強い心残りを語る死者たちの姿は痛々しい。津波から逃げる途中に弟の手を離してしまったことを後悔し続ける小学生の女の子、目の前で津波にさらわれた2人の娘に会えずに苦しんで自死した男性、自分の足をつかんで溺れさせた見知らぬ男を恨むあまり、地縛霊になりかけている大学生など、悲劇は枚挙にいとまがない。それらの人々が死ぬ間際の苦しみを実際に体験させられる高村さんの様子は凄惨(せいさん)だ。
しかし、救いもある。父子家庭の父親を残して死んだ12歳の男の子が、この世に残って父のために祈り続けることを選び、通大寺で金田住職のそばに正座して拝む姿は、荘厳な宗教画のようだったという。
死後の意識の存在をある程度肯定する人々にとっては、本書は貴重な終活本ともなる内容だ。評者も折にふれて読み返してみたいと思っている。
評・黒木亮(作家)