「新しい世紀」が2021年に始まった。英歴史学者のホブズボームは第一次世界大戦勃発の1914年からソ連崩壊の91年までを、米ソ冷戦を中心とする一つの時代に区分し、「短い20世紀」と呼んだ。私が「短い21世紀」と呼ぶ「新しい世紀」は米国と中国、民主主義国家と専制国家の対立が、その構造となる。ミャンマーにおける軍事政権の成立と、アフガニスタンにおけるタリバンの実権掌握は、民主主義が劣勢となっている兆候ともいえる。「短い21世紀」は、暗雲が立ち込める中で幕を開けた。
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2つの分断された世界で経済的交流がほぼなかった米ソ冷戦と異なり、「新しい世紀」の特徴はグローバル市場という共有された世界で、米中がいかに多くの国や企業、人を魅了できるかという争いだ。「二つの世界」として米ソ共存は可能だった。米中は「一つの世界」の中での争いであり、協力できる部分がある一方、対立は米ソ以上に熾烈(しれつ)になるだろう。
![19日、アフガニスタンの首都カブールを巡回するイスラム主義組織タリバンの戦闘員ら(AP)](https://www.sankei.com/resizer/TVOQeevnxWPvpc_1MnEk7KSU2T0=/1200x0/smart/filters:quality(40)/cloudfront-ap-northeast-1.images.arcpublishing.com/sankei/BGC5DWI3PZLZBK4ICNO7AIU3IQ.jpg)
中国に対し「米国第一」主義を掲げ一国で対峙(たいじ)したトランプ前米政権と異なり、バイデン政権は民主主義諸国と国際世論を動員して対抗しようとしている。中国の基本戦略は「分断統治」。反中的な動きがあれば、親中的な国を利用して米国の同盟内などを分断し、合意形成を阻止する。だが現在、日米同盟や(日米豪印の枠組み)「クアッド」、先進7カ国(G7)などは対中政策での結束を強めている。これから民主主義諸国の結束の真価が問われる。
バイデン外交はこれまで模範的な外交を進めてきた。いわば、民主主義諸国が結束して巨大な勢力となることで、レーガン元米大統領やチャーチル元英首相が用いた「力に基づく交渉」を実践しようとしている。交渉は重要だが、「弱さ」から交渉すると宥和(ゆうわ)政策になり、戦争の恐怖から相手の要望を受け入れることになる。(第二次大戦前に英仏がナチス・ドイツに譲歩した)ミュンヘン会談がそうだった。交渉するときは、相手より大きな力を持って優位に立つことが重要だ。
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日本外交もまた、菅義偉(すが・よしひで)政権が発足から約1年がたとうとするなかでこの間に大きな判断の誤りはなかった。日米同盟の強化と「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の継承という基本的な路線は適切だ。FOIPは日米同盟だけでなく、民主主義諸国の結集を象徴する言葉となった。
菅政権が日米の共同戦略として、基本的価値の共有に光を当てたのも的確だ。バイデン政権は、人権といった価値で妥協の余地がない。バイデン政権が価値を根拠に中国との経済関係で過剰に敵対的な路線をとるとき、日本の対応が重要となる。新疆(しんきょう)ウイグル自治区での強制労働をめぐる「ユニクロ」の問題が象徴的だ。実際に、国際的に人権に関する規範や知的所有権などをめぐるルールの基準は、過去30年間で遥(はる)かに厳しくなった。規範やルールを無視して自己利益に奔走すれば、国際的批判に直面するはずだ。
とはいえ、自由主義的な経済体制においては、政治権力が民間企業を完全に統制することはできず、政府の意向で中国との完全なデカップリング(切り離し)を強制することもできない。官民が緩やかに連携しながら中国と競争し、自らの利益や安全を守らねばならないだろう。
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そのような体制間競争においては、民主主義陣営がどれだけ大きな利益や魅力を提供できるかが問われることになる。G7が国際社会により多くの安全な新型コロナウイルスワクチンを提供できるか否かも重要だ。他方で、米国のアフガン政策の挫折は、米国が同盟国や友好国を見捨てる証左だと中国政府は宣伝を始めた。また米国型の民主主義を他国に押しつける限界も語られている。自由民主主義陣営は、権威主義体制の台頭の前で苦境のなかにある。
その意味でも、日本が東京五輪を開催して、国際社会に日本の魅力を発信できたのはよかった。東京五輪を中止していれば、民主主義国家と専制国家のどちらが魅力的なモデルを世界に提供できるかという競争に、日本は「不戦敗」であった。中国は北京冬季五輪で「中国の魅力」をアピールするだろう。
これからは経済力やワクチンのような実質的利益だけでなく、生活様式や政治経済体制も問われる時代となる。日本のおもてなしや食事、五輪運営上の規律などが世界で称賛された。北京では世界の多くの記者や選手が中国の生活様式に接する。徹底して監視されれば反発もあるだろう。そのとき、東京五輪は制約がありながらも自由があったと想起されるだろう。
日本が国際社会に向けて、自由民主主義体制としてより魅力的で、より包摂的な、そしてその地域の文化や伝統に根ざした規範を語ることが、これまで以上に大きな意義を持つようになったのだ。(聞き手 宮下日出男)
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ほそや・ゆういち 国際政治学者。慶応大教授。安倍晋三前政権で「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、国家安全保障局顧問などを歴任した。慶応大大学院修了。博士(法学)。1971年生まれ。