ミャンマーを再び強豪国に 日本、サッカーの若手選手育成支援
更新かつてサッカーの強豪国だったものの、軍事政権時代などを経て弱小国に転落してしまったミャンマーで、若いサッカー選手の育成を日本が支援している。関係者は、約100年前、日本のサッカーに画期的な技術的進歩をもたらした人物がミャンマー人だったという縁にも、思いを巡らせている。
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「相手が来たらすぐパスを出して」。ミャンマーの最大都市ヤンゴンにあるサッカー場に、日本人コーチ、寺峰輝さんの声が響いた。アドバイスを聞く子供たちの目は真剣そのものだ。
支援は、日本サッカー協会が国際交流基金との共催事業として実施。アジア各国に指導者を派遣する取り組みの一環で、ミャンマーでは2017年以降、ヤンゴンなど3都市のサッカーアカデミーに、3人を派遣した。地元記者によると、ミャンマーのサッカーは1960~70年代まではアジアのトップレベルにあった。だが、社会主義独裁体制や軍政時代に経済が低迷したことなどが原因で弱体化したという。
寺峰さんの派遣先のエー・チョー校長は、短いパスをつないで攻めるサッカーを日本に伝え、2007年に日本サッカー殿堂入りをしたミャンマー(当時はビルマ)からの留学生、チョー・ディンさんの名前を挙げ「日本は彼との縁も感じ、支援してくれているのだろう」と語った。
中部バゴー地域出身のアウン・ピョー・マウンさんは「日本人コーチのおかげで新しいトレーニングが加わり、技術が上達した」とにっこり。夢はミャンマー代表になることで「ワールドカップ(W杯)で戦いたい」と意気込んだ。
寺峰さんら2人の派遣は1月31日付で終了したが、中部マンダレーでは日本人コーチ1人が指導を続けている。(ヤンゴン 共同)