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高額な本マグロが一気に劣勢に… 「誇り」を捨てる局面も必要か

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

高額な本マグロが一気に劣勢に… 「誇り」を捨てる局面も必要か

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店内の様子  「数年前、フランスの寿司チェーンが地中海産本マグロを資源保護のために使用しないと宣伝した時、『やられた!』と思いました」

 ドイツで20年以上食ビジネスに携わり、現在はミュンヘンにて数店の和食レストランを経営する大矢健治さんは語る。

 「日本の方は本マグロこそ最高と思っています。だからメバチやキハダなど他のマグロより数割高いお金を払うことを当然だと考えます。でもそういう序列で考えることなく、そんなに味に違いがあるとは思わない欧州人にとり、『環境保護から他のマグロを食べよう』というメッセージは腹にストンと落ちたんです」

 高額な本マグロが一気に劣勢になった。日本人が信じて疑わなかったブランドを欧州人が真っ向から切り崩した格好だ。

 「日本国内の牛肉で言うと輸入ビーフと一般的な和牛くらいの価格差があるのですが、これだけの価格差が存在しても欧州では同じ名前、マグロで認識されているわけです。しかもお客さんの80%以上は非日本人です」

 あえて言えば、日本の人でも違いはあまり見分けがつかない。その微妙な差を外国人にもそのまま「良い」と評価してもらうことに無理があった。

 「本来なら日本人がこういう論陣を張って主導権も握るべきだった」と大矢さんは悔しがる。「長年ドイツに住んでいても言葉の壁は高く、日常生活や商売では問題なくとも、自然と入手出来る情報収集量が圧倒的にドイツ人と違い、時勢の変化に気づくタイミングを逃したわけですね」

 彼が20年前に寿司をドイツで売り出した時、寿司の比率は握りが9割で残りが巻物だった。しかし今はアラカルト注文の8割が巻物だ。一方、売上は20年間で数十倍になった。生魚と寿司飯のコンビこそ「寿司の正統派」と主張しても、そこにメーンマーケットはないことを物語っている。

 余談だが、妻がミラノの魚屋で買いものをする時も鮟肝 (あんきも)があれば只で貰ってくる。どうせ捨てるからだ。日本の高級食材がこの店では価値がゼロ。鮭の頭も同様だ。

 大矢さんの話を続けよう。昨年、彼は故郷の宮崎に実業家・村岡浩司氏と共にバイエルンのビアレストランを開業した。その時のエピソードだ。 

 「ドイツから食肉マイスターに宮崎に来てもらい、地元の豚肉を使用してソーセージを作ったのですが、驚いたのは日本では価値が低い部位が加えろ、というアドバイスです。そうすると味が出ると言われたのです」

 日本では脂身の多い部位を選ぼうとするが、それを腸詰にしたら脂だらけになってしまう。そんなソーセージがお美味いか? 欧州人には本マグロと他のマグロの区別がよく分からないが、食肉加工についてのノウハウは豊富だ。

 魚料理の伝統が長い日本と肉料理の伝統が長いドイツの違いが対照的に示されている事例だ。どちらの味覚が優秀か、という話ではない。

 このように、それぞれの料理を複数の視点からみていくと、決まりきった価値観のバイアスを抜けられる。

 もう一つ例をあげよう。大矢さんの店では月間1キロリットル以上の醤油を使用している。日本の同規模の店と比べると使用量は数倍。だからドイツ人は寿司に醤油をベチャベチャつけて味が分からない人たちだ、と上から目線になってはいけない。嗜好の相違を表しているに過ぎない、と彼は考える。

 「和食が海を渡り数十年が経ちました。が、年数と普及レベルで考えたら日本に来たさまざまな異国の食文化と歴史的にさほど大差はないです。それでも欧州の方たちから、『日本では我々の国の人間が作るオリジナル◯◯料理でなく、日本人が作るなんちゃって◯◯料理ばかりだ』との驕った言葉を耳にすることはあまりありません」

 ぼく自身の経験では「なんちゃってイタリア料理だ」と日本のイタリア料理を評するイタリア人がいないわけではない。が、「まあ、文化が国を越えるってこういうことだよね」という認識で言っている。しかし日本では「デフォルメされた和食」に心底驚く人が多い、という違いはある。

 ただ、日本で正統とされる和食を外国の人に伝えることを諦めていい、と言っているわけではない。それはそれでマーケットが成立する。日本人以上に和食に煩い欧州人もいる。しかし自分たちが信じる価値観を守るために、より大きな和食マーケットを並行してフォローしないのはビジネススピリットの放棄だ。

 「誇りを持って『誇り』を捨てる局面も必要ではないか」との熱のこもった大矢さんの言葉が耳の中に残っている。

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