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【日本遊行-美の逍遥】其の十七(知恩院・京都市) 心身整える除夜の鐘

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【日本遊行-美の逍遥】其の十七(知恩院・京都市) 心身整える除夜の鐘

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大鐘は高さ3.3メートル、直径約2.8メートル、厚さ約30センチ、重さ約70トンと巨大だ=2014年12月31日、京都市東山区の知恩院(井浦新さん撮影)  子供の頃から年越しは、近所から聞こえる除夜の鐘の音を聞いて過ごしてきた。生の音を聞けなくても、必ずテレビやラジオで鐘の音を聞く。除夜とは「旧年を除く夜」という意味。百八打の鐘を撞(つ)き、鐘の音を聞くことで煩悩を払い、清らかな心で新年を迎える、日本人にとって大切な節目の行事だ。

 年末年始、下鴨神社の大祓(おおはらい)と元旦の歳旦祭(さいたんさい)を撮影するため、年越しを京都で過ごした。京都の正月について尋ねると、みな「知恩院さんに行ったことはありますか?」「『おけら参り』に行かないと」と口をそろえる。「をけら詣(まい)り」とは、知恩院で除夜の鐘を聞いたあと、隣の八坂神社で新年の参拝をして「をけら火」をいただく風習のことだ。そんななか縁あって、知恩院の除夜の鐘の風景を撮影させていただけることになった。

 午後8時に知恩院に到着し、僕が最初に目にして驚いたのは、鐘の大きさだった。江戸時代の1636(寛永13)年に鋳造された鐘は、日本三大梵鐘(ぼんしょう)の一つに数えられ、知恩院第三十二世の雄譽霊巖上人(おうよれいがんしょうにん)が信者に寄進を呼びかけ、徳川幕府の力を借りずに完成させたものだと聞く。

 午後10時5分に御堂で法要がスタートし、撞き手が鐘楼へ移動、10時35分から鐘楼でも法要が始まった。

 僧侶たちが「南無阿弥陀仏」の6字だけをひたすら唱え、それが除夜の鐘の終了まで続く。何千回繰り返すのだろう。この日眠りにつくまで、僕の頭のなかは「南無阿弥陀仏」の輪唱が続き、多彩な抑揚のバリエーションまでも耳に焼き付いて離れなかった。

 ≪一つ一つ 大切に打ち鳴らす≫

 午後10時40分、とうとう除夜の鐘が始まった。知恩院の鐘は、親綱1人、子綱16人、合わせて17人の僧侶によって撞かれる。「えーい、ひとーつ」と親綱を握った僧侶が声をかけ、子綱の16人による「そーれ」の掛け声とともに、親綱をもった撞き手があおむけにぶらさがるようにして、体全体を使って大鐘を打ち嗚らすのだ。その迫力に目が離せなくなる。

 大鐘の重低音が嗚り響き、60秒間隔で約2時間、交代で鐘を撞き続けるのだが、僕の体感としてはあっという間のことだった。僧侶たちの撞き方が一人一人個性にあふれ、見ていて飽きない。若い人は力いっぱい撞き、熟練の僧侶はしなやかに力をこめ、まるで飛ぶように軽やかだ。僕もどこから撮るかを一生懸命考えて撮影した。そのうち鐘を衝く僧侶たちに、僕も同調するように息を合わせていた。

 広報担当の方に、「毎年、僧侶の方々は、どんな思いで除夜を迎えていますか?」と聞いてみた。あんなに激しい撞き方をするなんて、特別な備えをしているのではないかと思ったからだ。彼は笑って、毎年恒例のことだから特別なことはないが、罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)と人々の安穏を祈り、一年の最後で新年を迎える行事だからこそ、一つ一つ大切に撞く。同時に僧侶として日々心身を鍛えることが大事で、その成果であるとも教えてくれた。

 2014年の後半は海外で過ごす時間が多く、季節感はおろか曜日感覚まで崩壊していた心身が撮影をしている内に徐々に整えられ、年中行事の節目の意味を改めて実感する。写真を撮りながら清々(すがすが)しい気持ちになり、これで心を切り替えて新年を迎えられると思った。

 今年、京都では元日の夜から雪が降り、20センチほど積もった。地元の人からすれば雪は大変だけれども、僕のような旅人にとっては、街並みに彩りを与えてくれる。現代の街の姿が雪の下に沈み、真っ白なシルエットだけになる。そこに古(いにしえ)の京都の姿が浮かび上がる。

 真っ白ついでにもう一つ、これまで関東風の雑煮を食べてきた僕は、初めて白味噌の雑煮をいただいた。白い丸餅と汁を口に含み、心身ともに暖かく、新たな年を迎えたことを嬉しく感じるのだった。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

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