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迫る「Xデー」…葬式鉄のトラブル必至 鉄道ファンの“暴走”どう食い止める

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迫る「Xデー」…葬式鉄のトラブル必至 鉄道ファンの“暴走”どう食い止める

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3月12日にJR大阪駅を出発する列車がラストランとなる「トワイライトエクスプレス」=大阪市淀川区の新大阪駅  マナーや常識が問われる鉄道ファンの迷惑行為が後を絶たない中、関西では鉄道関係者が警戒する「Xデー」が迫っている。豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」(大阪-札幌)の引退。切符が取れないほどの人気列車だけに、3月のラストランには廃線や列車の廃止となる日に現れる「葬式鉄」と呼ばれるファンたちが、Xデーに駅に殺到するとみられているのだ。「おいこら、どけぇ! 下がれ!」。駅のホームで罵声を上げる葬式鉄の映像がインターネットの動画投稿サイトに掲載されている。実際に犯罪まがいの被害を受けた人もおり、一部ファンの暴走はとどまるところを知らない。(大竹直樹)

 通常より多く警備員配置

 「トワイライトエクスプレスのラストランは相当な荒れ模様になる。邪魔であれば、駅員や警備員に食ってかかる人も出てくる」

 東京都内で鉄道イベント会社を営む40代の男性は、トワイライトエクスプレスが最後に大阪駅を出発する3月12日に、必ず何かトラブルが起こると言い切る。

 鉄道アナリストの川島令三氏も「関西はホームに群がって列車を撮影する鉄道ファンの数が多い。大阪駅や京都駅はすごい人になるだろう。何かトラブルが起こるかもしれない。最後くらいは静かに見送ってほしいのだが…」と心配する。

 JR西日本の担当者は「トワイライトエクスプレスは注目されているので、当然たくさんのファンが方が来ると思う」と警戒。JR西は駅ホームの安全を保つとともに、不測の事態にも対応できるよう通常より多くの警備員を配置する方針だ。

 押し寄せる「葬式鉄」

 寝台特急は今、「非日常」の優雅な移動時間を楽しむ列車でもある。

 特にトワイライトエクスプレスは、シャワールームやソファを備えたスイートルームに、フランス料理を楽しめる食堂車や日本海の景色を眺められる展望サロンカーを連結。「走る豪華ホテル」と呼ばれ、新婚旅行などの特別な旅行に使われることが少なくない。さまざまな思い出の詰まった列車だけに、最後の勇姿を見届け、列車に別れを告げたい人も多いはずだ。

 だが、川島氏は「最近は列車が廃止されるときに大騒ぎする『葬式鉄』と呼ばれるファンがいる」と指摘する。祭りに参加するような感覚でラストランを見送りに来る人だという。

 ただ、有終の美を飾る感動の現場で、罵声が飛び交ったり、ファン同士で大げんかになったりすることもあるというのだから穏やかではない。

 川島氏は「私自身はトワイライトエクスプレスのラストランを見に行くつもりはない。もう騒ぎは見たくない」と話した。

 「撮り鉄」に「乗り鉄」「車両鉄」、「模型鉄」、「時刻表鉄」…。鉄道ファンのジャンルは多岐にわたるが、「葬式鉄」は廃線や列車の廃止となる日に押しかけるファンを指し、その一部が各地で“暴走”しているようだ。

 ホームに飛び交う罵声

 「邪魔だ!」「フラッシュたいてんじゃねぇよ!」「下がれ!」。ラッシュ時を上回る超満員の駅ホームに、怒声や甲高い叫び声が飛び交う。昨年3月に引退した寝台特急「あけぼの」(上野-青森間)の運転最終日には、JR大宮駅(さいたま市)で一部のファンが騒ぎだしたのだ。

 その様子がインターネットの動画投稿サイトに投稿されている。ネット上では「罵声大会」と揶揄(やゆ)され、良心的なファンから「マナーを守っている鉄道ファンまで白い目で見られる」「同じ鉄道ファンとして恥ずかしい」と批判されている。

 罵声大会は昨年10月にもJR上尾駅(埼玉県上尾市)で起き、警察官が臨場する騒ぎになった。

 ネットに投稿された動画には「なんだこの野郎、てめぇ」といった怒声が飛び交う中、ロープを手にした女性駅員らが「すみません、ちょっとどいてください」と声を張り上げ、懸命に収拾しようとしている姿が映っている。駅員や警備員、関係のない一般の乗客にも罵声を浴びせる人がいるという。

 新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は「何かにのめり込む人の中には、頭が良く知識は豊富でも、一般常識や社会性に欠ける人がいる。集中力が高すぎて周りが見えなくなる人は昔もいたが、現代は公共心というのが重視されなくなっている」と話す。

 まさに、才余(あま)りありて識(しき)足らずである。

 ゆがんだ「正義感」

 JR大阪駅ビル(大阪市北区)では昨年9月、大量の写真が空から舞い散る騒動もあった。写真には、若い男性の顔のアップや、首から一眼レフをかけて電車の優先席に座り、携帯電話を操作している様子が写っていた。

 原因は「撮り鉄」同士のトラブルだった。写真をばらまいた少年2人は大阪府警曽根崎書の任意聴取に「電車の撮影現場でいつも割り込んでくる悪いやつがいて、面白半分、嫌がらせ半分でばらまいた」と動機を語った。

 碓井教授は「正義感といえば正義感で、自分たちは正しいことをやっているという意識だと思う。日本人は他人に迷惑をかける行為はよくないという優れた国民性を持っているが、最近は乱れてきている」と分析する。

 「手榴(しゅりゅう)弾を投げ込む」

 平成22年1月、神奈川と埼玉を結ぶJR京浜東北線「209系」電車のさよなら運転では、多数の鉄道ファンが先頭車両に陣取り、一般の乗客が乗ろうとした際に、「一般人は乗れませーん」「鉄ヲタ(鉄道オタクの意)専用車両でーす」などと叫ぶ人もいた。

 駅に停車するたびに「うおー」と歓声を上げ、一斉にプラットホームへ駆け出し、写真を撮ると駆け足で車両に戻る人もいたというから、迷惑この上ない。

 前述の鉄道イベント会社を営む男性は2年前、あるローカル線の活性化イベントをめぐって、鉄道ファンから短文投稿サイト「ツイッター」に「手榴弾を投げ込んでやる」「お前の会社を潰してやる」などと書き込まれ、警察に相談した。

 男性は「そういう書き込みをしている人は、自分が正義で悪いことをしたとは思っていない。警察沙汰になったら、むしろ被害者面をしている。社会常識がまったく通じない」と嘆く。

 相次ぐ事故、防ぐ手立ては…

 トラブルの発生が懸念されているのは駅構内だけではない。ラストランや蒸気機関車(SL)などのイベント列車が走行する日には、「お立ち台」と呼ばれる鉄道の有名撮影地をはじめ、沿線に多くのカメラの放列が見られ、事故や事件に発展したケースもある。

 20年11月には神奈川県の東海道線踏切で、踏切内に倒れた三脚を直そうした男性が列車と接触し、死亡する事故が発生。東京と茨城方面を結ぶJR常磐線で「207系」電車が引退した21年12月には、カメラを構えたファンが2度も線路に近づき、列車が緊急停止している。

 大阪府柏原市のJR関西線では22年2月、お座敷列車「あすか」を目当てに鉄道ファンが線路に立ち入ったため運行を一時見合わせ、上下計45本に運休や遅れが出る事態を招いた。

 鉄道会社も不測の事態を防ごうと対策に乗り出している。大阪府島本町のJR山崎駅に近い通称「サントリーカーブ」は全国有数の撮影スポットだったが、ファンの立ち入りが相次いだため、JR西は20年にフェンスを設置。JR東日本によると、茨城県内のJR水郡線で昨年12月、全線開通80周年を記念したSL列車が運行された際には、沿線のほとんどの踏切に警備員や社員を配置して警戒に当たったという。

 鉄道ファン人口は実に200万人ともいわれる。迷惑行為に及ぶファンはごく一部に過ぎないが、今後もトラブルや事故が相次げば、最悪の場合、駅ホームでの撮影に制限がかかったり、イベント列車の運行がなくなったりするかもしれない。自分で自分の首を絞めることになりかねない。

 鉄道愛好家でつくる「鉄道友の会」の大庭幸雄事務局長は「撮影時に事故が起きたら、この趣味は成り立たない。ファンとしても鉄道の安全を守るのが当然。お互いに気をつけて、鉄道会社に絶対迷惑をかけてはいけない」とファンによる自浄作用に期待している。

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