そんな人たちがポッと出のオカシオ・コルテスの主張に怒りを込めて反論する。主流派が批判すればするほどMMTの賛同者は増える。
日本も事情は同じだ。麻生財務大臣、黒田日銀総裁ら主流派はこの理論を「異端」として排除している。財務省は7月に開かれた経済財政審議会への提出資料の最後に、「MMTについて」という4ページの説明文を潜り込ませた。この資料は世界中の有識者の反論や批判を集めたもので、さりげなく反MMTの雰囲気づくりに精を出していた。
既成野党もいまのところ目立った動きを示していない。そんな中で「薔薇マーク」運動とれいわ新撰組が組んで、反緊縮の政治運動が芽吹いたのである。
八方塞がりの世界経済。先行きの不透明感は強まることはあっても弱まることはない。主流派から強烈なバッシングを受けるMMT。だが、たたかれればたたかれるほど支持者が増える。なにやら宗教戦争のような雰囲気を醸し出し始めている。
欧米と異なり日本では保守派が推進役
日米をはじめドイツ、フランス、英国など主要先進国はいま保守派が中心となって政権を担っている。そして政権を担う主流派はどの国も新自由主義をベースに緊縮財政を貫き、経済成長は金融政策に大きく依存している。
MMTが飛び火した日本。安倍政権も例外ではない。消費増税で財政再建を図り、異次元緩和でデフレ脱却を目指している。だが、一向に成果が上がらない。そんな中で安倍政権に近い保守派が、MMT推進のエンジン役を担い始めている。保守派と目される人々は、デフレ脱却と経済成長を実現する手段としてMMTを称揚している。
第一人者は安倍内閣で官房参与を務めた藤井聡(さとし)。京都大学の教授で、同大のレジリエンス実践ユニット長を務めている。安倍内閣ではアベノミクスのアドバイザーを務めた。
7月にケルトン教授が来日、記者会見や講演を行った。この時の主宰者の一人が藤井である。立命館大学の松尾や経済評論家の三橋貴明らと組んでケルトン招聘(しょうへい)で主要な役割を担った。
経済産業省の官僚で、経済評論家の中野剛志は理論面でMMT普及を担う第一人者。『富国と強兵』というタイトルの大著がある。政治家では自民党参議院議員の西田昌司、若手では「日本の将来を考える勉強会」の代表である衆議院議員の安藤裕などがいる。
藤井はこの「勉強会」の講演(2017年4月)で「きょうのテーマは二兎(財政再建と経済成長)だが、二兎ではない。成長すればおのずと財政は再建される」と述べている。レジリエンスな公共投資を主張する藤井はこの頃すでにMMTによる積極財政論を考えていた節がある。
自らはリフレ派でありリバタリアン(※1)と自称する駒澤大学准教授の井上智洋もユニークな存在だ。AIの進化によって人間は労働所得がなくなり、ヘリコプターマネーやベーシックインカム(BI)(※2)が必要になる時代が来ると説く。その井上は、積極財政派としてMMTと重なる部分がある。安倍政権はデフレ脱却を経済政策の1丁目1番地に据えながら、一方でデフレ政策そのものである消費税を引き上げるという矛盾を犯した。リフレ政策である大胆な異次元緩和と、これを否定する消費増税の推進。二兎を追った結果として、日本経済に再びデフレの足音が忍び寄ろうとしている。
(※1)個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治思想・政治哲学の立場に立つ人のこと。
(※2)すべての国民に生きるのに必要な最低限の金額を支給するという制度。
積極財政主義への転換を模索する動き広がる
そんな中で反緊縮派(左派)と保守派(右派)がMMTを通して結び付こうとしている。これにリバタリアンやBI主導者が加わり、積極財政への転換を模索する動きが水面下で広がり始めた。異次元緩和を推進した日銀にも政策的な手詰まり感が漂い始め、主流派であるリフレ派の主張も微妙に揺れている。
財政均衡主義をかたくなに貫いてきたあのドイツで、気候変動対策として赤字国債を容認する動きもある。表舞台では米中の貿易戦争が華々しく火花を散らしている。その陰に隠れて目立たないものの、積極財政路線への転換を模索する動きがチラホラ散見されるようになってきた。
今のところ参加者は右と左のまだら模様。この先大きな動きになるのか、線香花火で終わるのか、先のことはわからない。ただ、新自由主義に牛耳られてきた経済政策の世界に、MMTという“異論”が国際的に広がりつつあることは間違いなさそうだ。(文中敬称略)
(ジャーナリスト 松崎 秀樹)(PRESIDENT Online)