■スパイだった科学者の秘話
米英が協力し合ったマンハッタン計画によって原爆が開発されたのだが、その過程において原爆のノウハウを盗もうとするソ連のスパイの暗躍があったことはよく知られている。しかし、原爆開発に関わりつつ、ソ連の諜報員に情報を提供したとして摘発された科学者の名前は数人公表されているものの、実際にどのようにスパイしたかに関しては詳しく公表されてこなかった。情報漏れを許容した体制にも触れざるを得ないから、おおっぴらにするわけにはいかなかったのだろう。
本書は、オッペンハイマーとグローブス将軍の確執やノルウェーの重水工場爆破などマンハッタン計画に関わる有名な逸話を縦糸とし、ソ連の諜報員の動きとそれに呼応してスパイを働いた科学者の行動を横糸にして織りあげた原爆開発秘話をまとめたものである。スパイの話はこれまであまり取り上げられなかっただけに、興味津々であった。
我々(われわれ)科学者は単純で人が良く、社会的リテラシーを身に付けていないから何事も簡単に信じ込む傾向がある。誰もが平等で貧富の差がなくなるという共産主義に惹(ひ)かれ、さらに第二次世界大戦でドイツの猛攻を一身に引き受けたという同情心もあって、ソ連に好意を持ちなんとか助けたいと思った科学者は多くいた。