目には見えないブラックホールは一体どんな姿をしているのか-。天文学者が追い求めてきた夢がいよいよ現実になりそうだ。日本も参加する地球サイズの電波望遠鏡を使ってブラックホールの“影”を捉える観測プロジェクトが大詰めを迎えている。ノーベル賞級ともいわれる快挙に期待が集まる。
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「すごいデータが得られた。観測は非常にうまくいっている」。こう話すのは国立天文台の本間希樹教授だ。
狙うのは、地球から2万6000光年離れた「いて座Aスター」。天の川銀河の中心に位置する天体で、高温のガスの真ん中に太陽の400万倍以上の重さの超巨大ブラックホールがあるとみられている。
ブラックホールは大きな恒星が自分の重みでつぶれて高密度になった天体。巨大な重力で光も吸い込み、直接見るのは難しい。周囲にあるガスが引き寄せられ、高速で吸い込まれる際に出る電波やエックス線を捉えるのが有力な観測手法だ。
いて座Aスターにあるブラックホールの直径は太陽の17倍の約2400万キロと推定される。ただあまりにも遠く離れていてブラックホール本体は光を放たないため、現時点で最高性能の光学望遠鏡でも姿を見ることができない。
国立天文台や米アリゾナ大などの国際チームが着目したのは電波望遠鏡だ。世界最高級の性能を誇る南米チリのアルマ望遠鏡をはじめ、米国や欧州、南極など世界6カ所の観測拠点で集中観測する。電波の性質を利用してデータを合成し、直径1万キロのアンテナを持つ地球サイズの電波望遠鏡として使うアイデアだ。本間さんは「世界初の試みだ」と話す。
期待されるのはブラックホールの“影”の撮影だ。吸い込まれるガスが発する電波を捉えて高精細の画像にできれば、ブラックホールが真っ黒な穴として写り込むと考えられる。
チームは昨年4月、いて座AスターやM87銀河を集中観測。年末からデータ合成を始めた。作業は「未知の領域」(本間さん)だったが、日本の画像処理技術も大きく貢献している。今年秋以降には誰も見たことがないブラックホールの姿を捉えた画像が発表されそうだ。
画像を分析すれば、これまで間接的な手法で推定していたブラックホールの直径や重さが正確に計算できる。吸い込まれるガスが周囲につくる「降着円盤」や、中心部から高速で噴き出す「ジェット」の正体も分かるかもしれない。
チームは今年4月にも観測を予定。本間さんは「ブラックホールの本質的な謎を解明するための手掛かりが得られそうだ」と話す。
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■尽きない謎 研究者を魅了
あらゆる物をのみ込むブラックホールは究極の存在だ。宇宙にどれだけの数があるのか、どうやって生まれたのか、内部はどうなっているのか。尽きることのない謎は多くの研究者を魅了してきた。
重い星がつぶれて高密度になると光も逃げ出せなくなるとの予測は20世紀初めには示されていたが、ブラックホールの証拠が見つかったのは1970年代になってから。エックス線天文衛星の観測で、地球から6000光年離れた「はくちょう座X1」にブラックホールがあることが判明。高速で吸い込まれるガスが強力なエックス線を放っていた。
銀河の中心にも超巨大ブラックホールが存在し、宇宙はブラックホールであふれているらしい。2015年には2つのブラックホールが合体して放たれた重力波が初めて観測され、17年のノーベル物理学賞に輝いた。
ブラックホールの内部がどうなっているかは想像するしかない。英物理学者のホーキング博士は、長い間にブラックホールがエネルギーを放出して蒸発すると予測する。
一方、慶応大の岡朋治教授らはアルマ望遠鏡を使い、これまで見つかっていなかった中型ブラックホールが存在する証拠を発見。超巨大ブラックホールが誕生する過程を知る手がかりになると期待される。
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【用語解説】アルマ望遠鏡
南米チリ北部にある標高5000メートルのアタカマ砂漠に建設された電波望遠鏡。日本を含む22の国と地域が運用する。年間の降水量が100ミリ以下と非常に乾燥し、宇宙から飛んでくる電波を妨げる大気中の水蒸気が少ない。66台のアンテナを地上に配置し、全体で直径16キロの巨大アンテナのように働かせる仕組み。さらに巨大化して観測性能を数倍に高めた「次世代型」の構想も進んでいる。