「選ばれないこと」を誇るべき なぜ村上春樹氏はノーベル賞を取れないのか (1/4ページ)

 2017年のノーベル文学賞に、長崎県出身の日系イギリス人、カズオ・イシグロ氏が選ばれた。候補として注目され続けている村上春樹氏は今年も選ばれなかった。なぜなのか。日本文学研究者の助川幸逸郎氏は「『等身大の文学』を拓いた村上春樹に、ノーベル文学賞が与えられる公算は低い」と分析する--。

 ハルキストも納得のイシグロ受賞

 今年のノーベル文学賞の発表を、私は東京・千駄ヶ谷の鳩森八幡で聞いた。村上春樹受賞の瞬間を、作家にゆかりの神社で祝う。そういう趣旨のイベントが催され、私はゲスト・スピーカーのひとりとして招かれていた。

 村上春樹がかつて経営していたジャズバーはここから近く、春樹のエッセイにも鳩森八幡は登場する。この社と春樹のつながりは深い。

 やがて会場に、カズオ・イシグロの受賞が告げられた。春樹の戴冠を待ちうけていた人びとの反応は、意外なほど好意的であった。

 「イシグロが今年獲るとは思わなかったけれど、このひとのもとにノーベル賞が行くのは悪くない」

 あちこちから湧きあがった、「ああ」とも「おお」ともつかないどよめきには、そんなニュアンスが漂う。

 「春樹さんを好きなひとには、イシグロ・ファンも多いので、お集まりのみなさんも喜んでいらっしゃるのではないでしょうか」

 私がそう述べると、春樹受賞を祝うために配られていたクラッカーが、肌寒い夜の神社でいっせいに音を立てた。

 私自身、カズオ・イシグロの名前を耳にしたとき、目が潤むほどの感激をおぼえた。どうしてイシグロの受賞がうれしかったのか。すぐにはわからなかったが、翌日、知人から届いたメールが理由を教えてくれた。

「イシグロにノーベル賞が与えられたということは―」