【再挑戦】日本エレクトライク社長・松波登さん
20世紀半ばに一世を風靡(ふうび)しながら、今ではすっかり見かけなくなった三輪自動車。その復活に電気自動車(EV)で懸けるベンチャー精神旺盛な経営者がいる。挑戦は一度失敗したものの、還暦を迎えた2008年10月に安全で廉価な三輪EVの製造・販売を目指す日本エレクトライク(川崎市中原区)を設立した松波登(64)だ。小回りがきいて安全、経済性にも優れる近距離輸送手段として将来性を信じて疑わない。それから4年半、満を持して開発した三輪EV「エレクトライク」の受注活動を始めた。夢は世界制覇だ。
日本上陸かなわず
松波の三輪自動車への思い入れは長く深い。「高校時代にダイハツ工業の三輪車『ミゼット』に乗って以来の三輪車オタク」と笑う。
三輪車が廃れていったのは、「1人乗り・(二輪車と同じ)バーハンドル・ドアなし」から「前2人乗り・丸ハンドル・ドア付き」に変えたことで、1人乗車時のバランスが悪くなり横転事故が続出したからだ。つまり、ひとめぼれした初期のミゼットのような運転席が中央にあるバランスのよい三輪車なら日本でも再び売れると考えた。