仕事の「最終回」をどうするか? 「辞め時」を考える

「ちょ、待てよ」この連載、終わるってよ。2017年にスタートし、途中、リニューアルしつつ、何度か担当者が変わりつつ約5年続いた。月2回、書くのが楽しみだったのだが、突然の終わりに、私自身、びっくりしている。会社員から選挙に出る人の考察、才能で食べるということ、転勤廃止をどう受け止めるか、週休3日制、インターンシップなど書きたいことが山程あったのだが。

もっとも、私が決めたのではなく、編集部の事情で決まったことに、ちょっと救われていたりもする。この連載を自らおりるということは、働き方評論家として「いかがなものか」と考えたのだ。

最終回の今回は「辞め時」「最終回」をテーマに徒然なるままに書くことにしよう。働き方を考えるこの連載の最終回にふさわしいテーマではないか。

(Getty Images)※画像はイメージです
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「辞める」ことと「続ける」こと

私はこれまで3回、会社を辞めている。31歳のときにリクルートを、34歳のときにバンダイを、38歳になるころにベンチャーを辞めている。最高の辞め方だったとは思ってはいないが、悪い辞め方でもなかったのではないか。辞めたことにはあまり後悔していない。いや、リクルートとバンダイを辞めなければ、株で大金持ちになっていたかもしれない。ベンチャー企業もちゃんと続いていて、最近、オフィスの銀座移転を果たした(どんなビルなのかは分からないのだが)。

「そろそろ“次”に行かなくちゃな」と、自分にとってはごく自然な辞め方だった。もともと、20代前半から異動などのタイミングでは、会社の外も選択肢として考えていた。リクルートを辞めたときは、会社の方向と自分の方向が合わないなと感じていた。ボトムアップ型からトップダウン型への変化、さらには(企業としては当然なのだが)行動を指標で縛る企業になったなと感じた。同期たちが管理職になり始めたころで、焦りを感じつつも、羨ましいかというとそうではなく、「この競争にのっていいのか?」と考えてしまった。バンドが解散するときの「音楽性の不一致」に近い。

バンダイを辞めたのは、より自由に働くため、「大きな会社で小さなこと」をするよりも「小さな会社で大きなこと」をしたいからだった。この時代に著者デビューしたのだが、何かをやる際にいちいち会社を通すのが面倒になってしまった。

ベンチャーを辞めたのは、執筆・講演に関する個人的依頼が増えた上、大学院進学が決まり、自分のやりたいことを整理した結果だった。そろそろこの小さな企業さえも飛び出る時期だと考えた。

その後、3年間フリーランス活動をしたのだが、達成感と不安をともに感じていた。大学の新設学部に専任教員として採用され、現在にいたる。もうすぐ、在籍期間が8年半を超え、人生で最も長い所属組織となる。仕事も楽しく、居心地もよく、辞めようという気にはならない。30代半ばに「大学の教壇に立ちつつ、オピニオンを発信する」という仕事をしたいと考えたが、一応、達成できている。教育も評論活動も、まだまだ自分の理想にはたどり着けていないのだが。

もっとも、辞め時を、自分の納得感のあるかたちで選ぶことができたのは、幸せなことだと感じる。辞め時や辞め方に関して、悩んでいる人はいないだろうか。「辞める」ことは「続ける」ことと、つながっている。特に経営者、スポーツ選手、フィクションではあるが人気マンガなどをみていると切なくなることもよくある。

後継者が見つからず、育たず、何度も引退を撤回する経営者をよく見かける。引退のタイミングに悩むスポーツ選手がいる。マンガなどは、ときに著者も読者もスルーされた「大人の事情」の「続け方」もよくある。主人公も敵も際限なく強くなる「強さのインフレ」が起こり続ける。「最高の終わり方」はなかなか難しい。

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